コラム
2007年07月17日

華やかな研究・価値ある研究

石井 吉文

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先日、「韓国の元兵士が、軍のサバイバル訓練が原因で寄生生物感染症にかかり、裁判を起こした」との小さな記事を読んだ。

この元兵士が寄生生物による感染症になったのは、特殊部隊でのトレーニング中、食べ物を一切与えられないため、生のヘビを食べたことが原因だという。

身の回りで他に何か食べるものがあれば、この元兵士も、このようなことにはならなかったろう。

それで思い出したのであるが、(かなり昔になるが)アメリカ軍の研究所で行われていたという、セルラーゼを利用した軍事戦略の研究だ。

ご存知の通り、アメリカ軍の研究所では、常に先端の技術をすばやく取り入れ、最新兵器の開発を行う。驚くような技術力とスピードである。

しかし、最新の科学技術を結集し、いくら優秀な武器をそろえたとしても、たとえば戦場で食料補給が絶たれてしまった場合、もはやどうすることもできない。

そこで彼らの考え出した一つのアイディアが、このセルラーゼを利用した軍事戦略ということだった。万一、食料の補給が途絶えたとしても、ポケットの中にセルラーゼがあれば、それを、持ってきた雑誌や新聞に混ぜることで、簡単に食料(甘いブドウ糖)を作り出すことができるので、ある程度の日数であれば、元気に戦争を続けることができるというわけだ。

たとえば、『少年ジャンプ』や『フライデー』を持って戦争に臨む。読んで面白く、過酷な戦争の緊張感を癒せるし、万が一の事態には、それをおいしくいただける。セルラーゼ1本で勇気百倍という極めて夢のある研究だ。

しかし、最新の科学技術を結集した兵器開発と比べると、このセルラーゼ戦略、笑ってしまうほどレベルが低い。なにせ、高校の理科で習う水準で、素人の私でもその原理は簡単に説明できるのだから。

紙の主成分はセルロースで、デンプンと同じ多糖類の一つだ。消化酵素セルラーゼがあれば、このセルロースはブドウ糖まで分解され、腸から吸収されることになる。残念ながら、われわれ人間は、その消化酵素を持っていない。だから、紙を食べても、消化できず、食料とすることはできない。ところが、このセルラーゼで事前に消化できるレベルまで分解してしまえば、それを飲むことで、立派なエネルギー源とすることができる。しかも(消化酵素は触媒なので)理論的には何度も繰り返して使うことができる、という理屈だ。

研究というのは、誰もがびっくりするような斬新で独創的なものを作りだす、そんなイメージがある。研究員であれば、誰もが、そういったイメージや理想を持って、日々研究に励んでいよう。

しかし、ある“戦略”といったものを目的とした途端、そこに求められるのは、必ずしも独創的で、斬新なものとは限らない。いわゆるノーベル賞級の華やかな研究より、このセルラーゼのような、高校理科レベルの研究のほうが価値が高かったりするのだ。

笑ってしまうような内容でも、“戦略”全体の中で見た場合、とても重要な研究というのもあるということである。

※なお、米軍によるセルラーゼの研究は結局失敗に終わった。理由は、印刷で使うインクをうまく分解できなかったことだ。もし平和主義者の私が研究担当者だったら、もう一つ研究を加えたろう。それはインクの代わりにカラメルで印刷する技術の研究開発だ。マンガも週刊誌もさらにおいしくなりそうでしょ。
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