コラム
2005年09月05日

税制改正の議論を始める前に・・・

  篠原 哲

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 8月9日に公表された月例経済報告では、景気の踊り場からの脱却が事実上宣言されるなど、足元の景気動向には明るさが現れてきた。長らく低迷が続いていた家計の所得環境も改善しており、毎月勤労統計では7月の現金給与総額(5人以上事業所)が前年比で1.7%と、4ヶ月連続で増加している。

このようななかで9月以降、政府税制調査会による平成18年度税制改正に向けての本格的な議論が始まる。9月11日の総選挙の結果次第では、今後の税制改革の方向性が大きく変化する可能性もあるが、6月に税調から公表された「個人所得課税に関する論点整理」の内容等から考えると、来年度改正に向けた議論では、個人課税関連では地方への税源移譲に伴う所得・住民税率の変更や、定率減税の全廃問題が焦点となるだろう。財政再建に向けた危機感が高まりつつあり、足元の所得・雇用環境が改善しているなかで、定率減税の全廃を含めた、増税色が強い方向性が打ち出される可能性は高いと思われる。

今回の税制改正で議論される制度改正が、実際に実施されるのは、一般的には2007年以降となると考えられる。しかし、実際には2007年よりも前に、すでに過去の税制改正で決定している増税が実施されることは重要である。なかでも、2006年1月からは、昨年末の税制改正で最大の焦点となった定率減税の半減(平年度の増税規模は所得税で約1.3兆円、住民税で0.4兆円規模)が実施されるが、それが景気や消費に及ぼす影響を見極めることができないまま、2007年以降に実施される税制改正の項目が、今年末にかけて議論され決定されてしてしまうことには、一抹の不安を感じるところだ。

2005年時点における、標準的な4人家族世帯(有業の世帯主、専業主婦、子供が2人の4人家族。なお子供の1人は特定扶養控除に該当とする。)の年間の税・社会保険料負担額(住民税は年度分として計算)は、年収500万円の世帯で約78万円、年収から負担を差し引いた可処分所得は422万円と試算される。これに2006年に予定されている、定率減税の縮減や、厚生年金保険料率の引き上げの影響などを考慮すると、同世帯における2006年の年間負担額は80.8万円に増加し、可処分所得を2005年に比べて2.5万円ほど押し下げることになる。同様に、年収700万円の世帯になると2006年の可処分所得は、前年に比べて4.9万円ほどの減少、年収1000万円では約9.6万円ほど減少することが予想される。
現在のように、所得環境が改善し、賃金が増加するなかでは、これらの増税が景気や消費に与える影響は少ないとの見方もできるが、仮に2005年から2006年にかけて、年収が1%増加した場合における、先と同様の世帯の可処分所得の変化も試算してみると、結果は、年収500万円の世帯では、年間収入が5万円増加するのに対して、可処分所得は1.6万円程度の増加しか見込めないことが分かる。さらに、年収階級が増加するほど、可処分所得の増加幅は逓減してゆき、年収800万円では、8万円の年収増に対して、前年より可処分所得の増加はなく、年収1000万円では、10万円の年収増とは逆に、可処分所得は2.4万円ほど前年よりも減少してしまう。
もちろん、ここでの試算は、対象とする世帯構成や賃金上昇率等により左右されるものではあるが、定率減税の半減に代表される2006年の制度改正が実施されれば、たとえ賃金水準が1%程度の増加となっても、年収階級や世帯構成によっては可処分所得の減少を避けられない世帯が生じる可能性は指摘できる。
 

 
      (注1)対象とした世帯は、有業の世帯主、専業主婦、子供2人。うち1人は特定扶養控除に対象。
      収入は給与のみで、かかる社会保険料は厚生年金、政府管掌健康保険、介護保険、雇用保険とする。
(注2)賞与は約1.5か月分が7月と12月に支給されるものとした。年収の増加は賞与によるとした。
(注3)住民税は年度ベース(6月~5月分)。なお、住民税は前年の所得にかかるため、
      当年の年収が増加しても、徴収額は変動しないものとした。

 

 


我が国の財政が深刻化する現状では、歳出の効率化とともに、ゆくゆくは大規模な増税の実施を避けることはできないと考えられる。そして、現在のように、家計の所得・雇用環境にも改善の傾向が見られるなかでは、増税の実施も含めた、家計への負担増を伴う改革についても検討を行い易い状況になってきたのも確かである。
ただし、増税は制度改正が決定されてから実施されるまで時間を要するため、その実施時期についての判断は困難を伴なう。特に今回の税制改正は、改正の決定と実施の間に、定率減税の半減という大規模な増税が実施される。仮に2007年での定率減税の全廃が決定された場合、その後2006年1月からの定率減税の半減などにより消費が停滞したとしても、2007年から増税が実施されることは懸念すべき点であろう。
このため、今回の税制改正で、2007年以降の増税を検討していく際には、すでに実施が決定されている増税や、社会保障制度改正が景気動向に与える影響についても、十分に考慮しておくことが求められてくる。昨年の税制改正の際にも議論されたように、景気動向によっては、決定された増税の時期を延長するような措置についても検討を行う必要もあるのではないだろうか。
 

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