コラム
2005年05月09日

家計貯蓄率における「二宮尊徳」説再考

経済研究部 主任研究員   石川 達哉

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1.日本の家計貯蓄率に関する"常識"

日本の家計貯蓄率を巡る世の「国際常識」は、この数年の間に急激に変わりつつある。当コラムでの筆者も、2002年(2月18日号「高齢化が家計貯蓄率に与える影響」、6月7日号「貯蓄・投資におけるグロスとネット」)に、「国際的には高いという"常識"もはや当てはまらない」ことを、また、2003年(3月10日号「ふつうの国"ニッポン"の貯蓄の謎」)には「OECD諸国のなかで中位」であることを書いた。今回は「日本の家計貯蓄率がフラスやドイツと比べて高いという記述が正しいかどうかを判定させる問題が、2004年度の国家公務員試験において出題された」事実も付け加えなければならない。日本の貯蓄率が国際的には中位水準にあるという認識を確かめるような問題が公務員試験において採用されたことは、この認識が現在の新しい常識となりつつあることの象徴と言ってもよいであろう。

もっとも、社会全体の家計貯蓄率(内閣府「SNA」ベース)が国際的には中位程度であることや、長期的に低下を続けてきたことに対する認識は広く浸透しつつあるが、その内実に関しては、誤解が一部に根強く残っている。「日本の高齢者も欧米諸国と同じように資産を取り崩すように変化した」とする説明がその代表的なものだが、これは事実誤認以外の何物でもない。1986年以降公表されている高齢無職世帯の貯蓄率(総務省「家計調査」ベース)がマイナスの値でなかったことは一度もないからである。しかも、従来から、高齢者世帯の大半は無職世帯であり、勤労者世帯は以前から少数派に過ぎなかった。つまり、総世帯に占める高齢無職世帯の割合が上昇を続けてきたことが、社会全体の家計貯蓄率の趨勢的低下の主因であると考えるのが自然であろう。

かつての常識があまりにも強烈だったので、新しい常識が本当の意味で定着するのには、まだ時間がかかるのかもしれない。思い起こしてみれば、数年前までは、「過剰貯蓄」や「貯蓄好きの国民性」という活字を目にすることは少なくなかったし、有識者の中にも「日本の高齢者の貯蓄率は高い」とか「日本の高齢者は資産を取り崩さない」というように、少数派である高齢勤労者世帯の数字が誤って引用されることさえ珍しくなかった。

裏返して言えば、「貯蓄好きの国民性」という説明が歴史的な事実として説得力を持たないことを容易に示すことが出来るのは、社会全体の家計貯蓄率が7.4%(2003年実績値)という最新数値があり、公的統計の存在しない時期に関しても、専門的研究者の推計による「歴史統計」が整備され、明治後期以降の約120年間にわたって家計貯蓄率の推移を追跡することができる現在だからこそであろう。
したがって、日本の家計貯蓄率がかつて高かった時期においては、その根拠を「国民性」で片付けてしまうおうとする立場に対して、反証しようとすることは極めて骨の折れる知的行為だったに違いない。しかも、厄介なことに、「貯蓄好きの国民性」に付随して引き合いに出されるのが、賢人の教え、特に、二宮尊徳による倹約を尊ぶ精神であった。


2.二宮尊徳由来の報徳社が果たした役割

本稿の目的は、日本の貯蓄率水準を説明する際にかつて多用された「二宮尊徳効果」説を、ナンセンスなものとして頭から否定することではない。「二宮尊徳効果」説が定着(?)する遥か以前の過去に遡って、貯蓄の意義やその決定要因に対して知的に向かい合った先人の考え方に、現在の状況を照らし合わせようとするものである。

まず、過去120年間の歴史的事実から言うと、平時における日本の家計貯蓄率が10%を超えていたのは、1950年代後半から90年代半ばまでの期間に限定される。そして、国際的に見て本当に高いと言える15%を上回る水準が実現していたのは、1960年代前半から80年代半ばまでの約25年間のみである。そのピークは、二桁を上回るインフレ率によって将来に対する不確実性が高まり、予備的貯蓄動機が強まるという特殊要因も働いた第一次オイルショック直後の1974年である。
これらの数字が示す現実に対しては、「貯蓄好きの国民性」という説明も、「二宮尊徳効果」説も説得力を持たない。

重要なことは、日本の貯蓄率を巡って大論争があったのが、1950年代後半から70年代初頭にかけての時期、すなわち、日本の家計貯蓄率が本当に高かった時期だということである。論争は「国民性肯定派」対「国民性否定派」の間にあったのではない。当時は、データの蓄積など実証分析の環境としては必ずしも十分とは言えない中であったはずである。しかし、「貯蓄好きの国民性」という安易な説明に頼らず、日本の家計貯蓄率水準を経済的要因・社会的制度による要因で説明しようとした経済学者の間で、論拠を巡って前向きな激論が交わされたのである。しかも、このような研究者たちも、経済分析としてではなく道徳論的に貯蓄を奨励しようする立場から「二宮尊徳」の教えを引用することに関しては、決して否定的ではなかった(注1)。

倹約を美徳とするような「二宮尊徳」の教えが実際に貯蓄の普及に果たした貢献度についてはともかくとしても、農村における金融機関の形成に際して、尊徳の弟子たちによって作られた組織がその一翼を担ったという事実に関しては、後世になって、農業経済学、特に農村金融を専門とする学者の研究成果から、これを知ることができる(注2)。
ただし、その時期は戦前、それも1880年頃から1910年代にかけてである。戦前の農村部においては、起源の異なる各種の自然発生的な組織が形態を変えながら統合・発展して、金融機関としての信用組合へと至ったという。そして、信用組合創成期の一形態として、二宮尊徳由来の「報徳社」がある。報徳社は尊徳の弟子たちによって19世紀後半に組織され、当初は富裕なものから寄付を、一般会員からは出資を募り、勤勉な者に無利子貸付などをしていたが、その後は加入金には利子を付し、貸付金には利息をとるシステムに変わっていったという。そして、全国にあった報徳社の幾つかが1900年代、1910年代に信用組合に転化・改組された実例が確認されている。


3.1907年報徳社セミナーに見る貯蓄の考え方

「報徳社」が二宮尊徳由来の組織で、戦前の農村金融機関のルーツの1つだとしても、家計の貯蓄行動に対するどのような動機づけを行ったのか、また、それ以前の問題として、尊徳の教えに沿った貯蓄奨励をどの程度行ったのかは、定かではない。
しかし、信用組合に改組される前の報徳社としての活動期において、会員に貯蓄行動が必ずしも浸透していた訳ではないと判断できる証左がある。報徳社は明治40年(1907年)に小田原で夏季セミナーを開催しており、招聘講師等による講演録が「報徳乃研究」という書籍にまとめられている。その中で貯蓄をテーマにした講演は「貯蓄の要件」という題目が唯一つあるのみで、講師は財務省法制局から招聘された参事官である。

注目したいのは、その講演内容である。論旨は非常に明確で、まず、「余裕があっても貯蓄心がなくては駄目なのと同じで、貯蓄心があっても貯蓄力がなくては駄目である」と述べている。現代風に解釈すれば、貯蓄性向は内生変数であり、精神論のみで貯蓄性向を維持することはできないということであろうか。「貯蓄力」とは、可処分所得のうち必需的消費支出を控除した残余に相当する。その可処分所得に関して、農家や自営業者を念頭に置いて、「粗収入を増やし、必要経費を少なくして、その差額である“純益”を多くすることが重要である」という趣旨のことを説いている。そうすれば、“純益”から“生活費”を控除した“貯蓄力”を増強することができるという訳である。この“純益”を現在のSNA統計に対応づけると、家計部門の中の農家や自営業者の「混合所得・営業余剰」に一致する。
そして、貯蓄をするための余力を作るのは、基本的に個人(家計)の問題であることを説いている。その一方で、貯蓄は一国全体に関わる問題でもあるから、精神論的に貯蓄を奨励するだけでは不十分で、前述の「貯蓄力」を高めるような政策的発想が必要であるとしている。最後は、「貯蓄の心掛けはあっても、貯蓄する実力がなくては、貯蓄の実行はできない」ことを再確認している。

このように内容はすべて理にかなっており、1907年という時代を考えると、驚くべき慧眼と言うべきかもしれない。
前々節で、現在の社会全体の家計貯蓄率の趨勢的低下は高齢無職世帯の増加が主因だと述べたが、原因は他にも存在する。失業者世帯やニート族の増加、自営業・個人企業の業績低迷や廃業なども、家計貯蓄率押し下げ要因となる。まさしく、「貯蓄力」の低下に該当する事象である。
かつて、貯蓄率に関して安易に「国民性」という言葉が使われ、二宮尊徳がその引き合いに出されたことを今更ながら採り上げたのは、二宮尊徳由来の団体の源流にまで遡って、知的な慧眼の持ち主に行き着いたからである。もちろん、家計貯蓄率の低下が単純に悪いこととは限らない。背後にある要因を見極め、何が問題なのかを探ろうとする知的態度が今の我々に一番必要なことであろう。

(注1)例えば、溝口敏行(1973)「貯蓄の経済学-家計からの発言」(勁草書房)を参照。
(注2)以下の記述は、万木孝雄(1996)「日本における農村信用組合の形成過程」『アジア経済』第37巻に拠る。
 

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経済研究部   主任研究員

石川 達哉 (いしかわ たつや)

研究・専門分野
財政・税制、家計貯蓄・住宅

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