コラム
2004年05月10日

貯蓄率低下と資本ストックの減少

経済研究部 主任研究員   石川 達哉

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1.似て非なる「貯蓄率低下」の意味

高齢化の進行だけが家計貯蓄率低下の原因ではないにせよ、日米逆転が現実味を帯びてくるほど日本の貯蓄率低下が進んでしまったことは、もはや動かしようのない現実である。6%(2002年、国民経済計算ベース)という数字を前にすると、日本の家計貯蓄率が国際的に高水準であった事すら、遠い昔の出来事のように思われてしまう。かつては"過剰貯蓄の解消"が政策課題として掲げられたことを今更掘り起こすのは、野暮というものかもしれない。しかし、先験的な価値判断を捨て、現実を冷静に見つめ直すことは、今こそ必要であろう。

(注)可処分所得(年金基金年金準備金の変動を含む)に対する割合
(資料)内閣府「国民計算計算年報」、OECD「National Accounts」ほか

(注)各国の1992年における実質家計消費を100に基準化した指数
(資料)内閣府「国民計算計算年報」OECD「National Accounts」ほか

実は、90年代半ば以降の家計貯蓄率の低下は、日本だけではなく、多くの先進国で共通して観察される現象である。ただし、米国・英国・カナダなどでは家計貯蓄率の低下は好調な消費と表裏一体の関係にあるが、それは日本には当てはまらない。逆に言えば、G7諸国の中で90年代半ば以降の消費増加が最も低調なのが日本である。貯蓄率の低下、すなわち、消費性向の上昇がそのまま消費増加に直結していないのは、消費と貯蓄に配分される前段階で所得自体の減少や伸び悩みが続いてきたからである。

貯蓄を巡る彼我の差はこれだけにとどまらない。家計、企業、政府のフローの貯蓄を集計した国全体の総貯蓄に関して、最大の低下幅を示しているのが、日本なのである。多くの国において、政府の財政状況は10年前と比べれば、改善された状況にある。つまり、政府貯蓄の源泉である税収が増大しているため、貯蓄率の低下によってフローの家計貯蓄が減少しても、国全体の総貯蓄は従来とさほど変わらない水準が保たれている。日本の場合、事業の再構築に伴って企業の貯蓄は踏みとどまっているものの、政府貯蓄のマイナス幅が拡大しており、国全体の貯蓄水準(フロー)は名目GDP比で大きく低下している。

(注)固定資本減耗を控除した純貯蓄(各部門の総計)の名目GDP比
(資料)内閣府「国民計算計算年報」、OECD「National Accounts」


2.投資率低下を背景に資本ストックも減少に転じた日本

そして、日本における総貯蓄の低下と対をなしているのが総投資の低下である。対外バランスのGDP比は過去10年間であまり変わっていないから、投資率(総固定資本形成のGDP比)が低下していることは、貯蓄投資バランスを考えれば、自明であろう。将来の生産能力との関係で特に重要な投資は、総投資のうち設備投資や公共投資などの固定資本形成であり、その新規投資額から既存の資本ストックの減耗分に見合う分を控除したネットの固定資本形成である。さらに、統計上は投資に計上されていてもストックの増大にはつながらない部分を控除して、資本ストック純増額で見ると、直近値はマイナスになっている。当コラムで「日本の高貯蓄、高投資のイメージは過去のものとなりつつある」と書いたことがあるが、残高ベースでは既に資本ストックの減少が起こっているのである。
数値は統計改訂によって資本ストック増加を示すものに十分に変わり得る範囲のものであり、基調的な減少、反転が見込み難い趨勢とは言えない。しかし、将来の経済活動を供給面から支える資本ストックが、量的には人口と同様にピークに近づきつつある可能性を頭から否定することはできない。

(注)実質資本ストック変化額は期末純固定資産額の前年との差
(資料)内閣府「国民計算計算年報」に基づいて作成

こうした状況を我々はどのように受け止めたらよいであろうか。供給力を拡大するため、投資水準の維持が望まれることであろうか。一般論として言えば、資本ストックの水準が高まれば資本収益率は低下し、量的な意味での新規投資は減少せざるを得ない。必要な投資を根拠なく抑制する愚を避けなければならないのと同じように、不要な投資を無理やり行う愚も避けなければならない。現在、企業が設備投資を、政府は公共投資を絞り込んでいるのは、過去において採算の合わない非効率な投資を行ってきたことの反省も踏まえているものであろう。それどころか、投資の効率を重視すること、投資の質を重視することに、大いなる意義がある。供給力に関連づけて言えば、技術水準の向上と同義である生産性の向上をもたらすような投資を実現できれば、悲観する必要は全くないはずだ。

新規投資の原資となるフローの貯蓄に関しても、最初に増強ありきではなく、有益な投資に有効に用いられるよう正しい道筋を付けることが重要であろう。貯蓄とは将来の消費に用いられるためのものであり、どれだけ貯蓄すべきかを決めるのは究極的には投資の収益率になるだろう。もちろん、貯蓄や投資の水準は決して無視できない。それだからこそ、質を加味したえでの量という観点から中身を問うことが今日的課題と言えないだろうか。


 

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経済研究部   主任研究員

石川 達哉 (いしかわ たつや)

研究・専門分野
財政・税制、家計貯蓄・住宅

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