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2025年07月01日
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3――EC各社の生き残り戦略と雇用における社会的責任論の勃興
京東が美団の牙城であるフードデリバー市場にあえて参入した背景には、複数の戦略的な意図がある。中国のEC業界はすでに成熟期に入り、市場は飽和し、競争が激化している。これまで各社は大規模な割引セールを展開し、総取引額(GMV)を競う戦略をとってきた。しかし、競争の激化により成長は鈍化しており、各社はユーザーの定着化をはかり、高頻度かつ平均消費額を高める戦略へと移行しつつある。
それを担うサービスとして注目されているのが、「クイックコマース」(短時間で商品を配送するサービス)である。京東の「小時購」、「秒送」、美団の「閃購」などがそれに該当し、ユーザーは発注してから数十分で生鮮食品や医薬品、日常の生活用品を受け取ることができる。京東の「秒送」は最速9分で商品を届けることをうたい文句としている。各社は発注の高頻度化、配送効率、サービスレベルの改善をはかることで市場における優位性を確保しようとしている。
京東はこれまで3C製品12の販売を得意としてきたが、衣料品や化粧品といった消費財に加え、スーパーマーケットを通じた生鮮食品の取扱いも開始することで、業務を拡大してきた。京東の2025年第1四半期には、売上高が前年同期比15.8%増の3,010億8,200万元と好調であったが、これは大規模な値引きや、消費喚起を目的とした政府による家電買い替え支援策の需要によるところが大きい。
一方、フードデリバリーが牽引する外食産業は近年急成長を遂げている。美団のフードデリバリーは元より高頻度利用のサービスであり、「美団閃購」では飲食配達の高頻度な利用を通じて、生鮮食品、医薬品などのついで買いなど他のカテゴリーの注文が急増している。京東のフードデリバリー市場への参入は急成長する美団閃購を牽制する意味合いもあるとみられる。
複数のカテゴリーの商品の購入・同時配送は、単に発注件数を増やすだけでなく、ドライバー1回あたりの配送商品数の増加や、注文のピーク時間の分散化により、配送効率の向上にも寄与する。また、配送効率が高まれば1商品あたりの配送コストが低下し、高頻度のサービスの利用が低頻度利用の商品の販売を促進するという好循環も期待できる。京東は、フードデリバリーという高頻度なサービスの利用を通じて顧客とのタッチポイントを強化し、既存の家電商品やそれ以外のカテゴリー商品への波及効果を狙っている。
また、京東は豊富な資金力と世界のEC企業の中でも最大規模の物流インフラを持つ強みがある。中国全土に張り巡らされた物流網と、蓄積された物流ノウハウにより、直営・迅速・高品質な物流サービスを提供している。倉庫建設や設備更新、新技術の開発に加えて、配達人員の多くを自社で雇用している点も特徴である。さらに、自社雇用および委託配達員によって、当日・翌日配送など迅速な対応が可能となり、注文から受け取りまで一貫した高品質なサービスの提供を実現している。このように、京東の物流網、配送システムを有効活用することで、デリバリー業務のコスト削減に貢献することができる。
京東がデリバリーサービス市場参入にあたり、正規雇用および社会保険の適用を当初から提唱した背景には、2007年から続くロジスティクス部門での配達員の正規雇用・社会保険適用がある。このような人材登用・管理のノウハウがフードデリバリーのドライバーにおいても活用できると考えているからであろう。創業者である劉強東氏は、2025年4月にSNSの微信上で、2024年は1,200名以上の配達員が定年退職しているが、毎月の年金受給、公的医療保険によって病気の治療などが保障されている点に触れている。京東は今後5年間で毎年およそ1万人が定年退職を迎える見込みとしており、社会保険加入を企業の社会的責任と捉えていると明言している。
12 3CはComputer(コンピュータ)、Communication(通信機器)、Consumer Electronics(家電)。パソコン、スマートフォン、携帯電話、テレビなどがある。
それを担うサービスとして注目されているのが、「クイックコマース」(短時間で商品を配送するサービス)である。京東の「小時購」、「秒送」、美団の「閃購」などがそれに該当し、ユーザーは発注してから数十分で生鮮食品や医薬品、日常の生活用品を受け取ることができる。京東の「秒送」は最速9分で商品を届けることをうたい文句としている。各社は発注の高頻度化、配送効率、サービスレベルの改善をはかることで市場における優位性を確保しようとしている。
京東はこれまで3C製品12の販売を得意としてきたが、衣料品や化粧品といった消費財に加え、スーパーマーケットを通じた生鮮食品の取扱いも開始することで、業務を拡大してきた。京東の2025年第1四半期には、売上高が前年同期比15.8%増の3,010億8,200万元と好調であったが、これは大規模な値引きや、消費喚起を目的とした政府による家電買い替え支援策の需要によるところが大きい。
一方、フードデリバリーが牽引する外食産業は近年急成長を遂げている。美団のフードデリバリーは元より高頻度利用のサービスであり、「美団閃購」では飲食配達の高頻度な利用を通じて、生鮮食品、医薬品などのついで買いなど他のカテゴリーの注文が急増している。京東のフードデリバリー市場への参入は急成長する美団閃購を牽制する意味合いもあるとみられる。
複数のカテゴリーの商品の購入・同時配送は、単に発注件数を増やすだけでなく、ドライバー1回あたりの配送商品数の増加や、注文のピーク時間の分散化により、配送効率の向上にも寄与する。また、配送効率が高まれば1商品あたりの配送コストが低下し、高頻度のサービスの利用が低頻度利用の商品の販売を促進するという好循環も期待できる。京東は、フードデリバリーという高頻度なサービスの利用を通じて顧客とのタッチポイントを強化し、既存の家電商品やそれ以外のカテゴリー商品への波及効果を狙っている。
また、京東は豊富な資金力と世界のEC企業の中でも最大規模の物流インフラを持つ強みがある。中国全土に張り巡らされた物流網と、蓄積された物流ノウハウにより、直営・迅速・高品質な物流サービスを提供している。倉庫建設や設備更新、新技術の開発に加えて、配達人員の多くを自社で雇用している点も特徴である。さらに、自社雇用および委託配達員によって、当日・翌日配送など迅速な対応が可能となり、注文から受け取りまで一貫した高品質なサービスの提供を実現している。このように、京東の物流網、配送システムを有効活用することで、デリバリー業務のコスト削減に貢献することができる。
京東がデリバリーサービス市場参入にあたり、正規雇用および社会保険の適用を当初から提唱した背景には、2007年から続くロジスティクス部門での配達員の正規雇用・社会保険適用がある。このような人材登用・管理のノウハウがフードデリバリーのドライバーにおいても活用できると考えているからであろう。創業者である劉強東氏は、2025年4月にSNSの微信上で、2024年は1,200名以上の配達員が定年退職しているが、毎月の年金受給、公的医療保険によって病気の治療などが保障されている点に触れている。京東は今後5年間で毎年およそ1万人が定年退職を迎える見込みとしており、社会保険加入を企業の社会的責任と捉えていると明言している。
12 3CはComputer(コンピュータ)、Communication(通信機器)、Consumer Electronics(家電)。パソコン、スマートフォン、携帯電話、テレビなどがある。
4――政府の思惑と今後の課題
政府が長年頭を抱えていた非正規労働者の社会保険適用問題は、京東のフードデリバリー市場参入を契機として、ドライバー確保のための切り札として進展する可能性がある。政府はデジタル経済を支える非正規労働者を社会保険の枠組みに包摂するため、緩和策や新たな保障制度を設けてきた。その理由は、フードデリバリー業務は現在の中国において失業の受け皿として機能し、社会の安定にも寄与しているからである。
また、急成長したプラットフォーマーが、ドライバーの長時間労働やリスク保障を置き去りにしてきた点に対する社会的批判や、ドライバーの権利保護を求める声の高まりも背景にある。美団が非正規のドライバーに対して年金保険料の補助を始めたほか、労災に相当する職業医療保障の加入継続に注力しているのはこうした状況への対応と見られる。
今後、業界が健全に成長していくには、雇用契約の明確化、労務環境の改善、傷病や老後に備えた社会保険への加入が大きな課題となり得る。新規参入した京東は、ドライバーとの雇用契約を法令に基づいて締結し、正社員化と社会保険加入を軸とする雇用モデルを提示した。さらに、2025年4月には、社会保険料(1人あたりおよそ2,000元)の負担に加えて、採用後3ヶ月間規定の労働時間を満たしたドライバーには月給5,000元13を保障すると発表した。有給休暇、人間ドックの受診などの制度の整備も進めている。
政府としては、非正規労働者の社会保険制度改革を継続しつつ、プラットフォーマーによる自発的な社会保険加入促進を歓迎していると考えられる。ドライバーにとっても正社員化と社会保険の整備によりリスク保障が確保され、労務環境が改善され、職業としての地位向上も期待できる。ただし、京東が矢継ぎ早に追加措置を打ち出す姿勢を見ると、ドライバー確保が資金力に依存する“体力勝負”となりつつある懸念もある14。本来であれば、各雇用形態に応じて、適切な措置が求められるべきであり、行き過ぎた拡充は今後の持続可能性にも課題を残すことになる。京東の市場参入は、プラットフォーム経済の未来の競争が、単なる市場のシェア争奪ではなく、プラットフォーマーによる社会的責任の履行とそれに伴う持続可能なビジネスモデルの構築へと進化しつつあることを示している。
13 美団の2024年第3四半期におけるギグワークのドライバ―の平均月給は、中小規模の地方都市(3-5線都市)で5,720元。北京・上海・広州・深圳といった大規模都市では7,629元であった。(出典)美団のウェブサイト公表内容。
14 美団は5月29日、「騎手大病関懐計画」として、ドライバー向及びドライバーの未成年の子女向けに重大疾病保障の拡充を発表。元は2019年に美団と配送業者が共同で出資し設立した基金から、ドライバー及びその直属の親族向けに疾病の際の補助金を支給。2024年時点で合計6,173名のドライバ―及び家族が補助を受け、合計1.9億元が支給されている。対象となる重大疾病はこれまでの101種に加えて、今回51種の軽症の疾病、入院費用(重度を除く)の保障も対象となった。
また、急成長したプラットフォーマーが、ドライバーの長時間労働やリスク保障を置き去りにしてきた点に対する社会的批判や、ドライバーの権利保護を求める声の高まりも背景にある。美団が非正規のドライバーに対して年金保険料の補助を始めたほか、労災に相当する職業医療保障の加入継続に注力しているのはこうした状況への対応と見られる。
今後、業界が健全に成長していくには、雇用契約の明確化、労務環境の改善、傷病や老後に備えた社会保険への加入が大きな課題となり得る。新規参入した京東は、ドライバーとの雇用契約を法令に基づいて締結し、正社員化と社会保険加入を軸とする雇用モデルを提示した。さらに、2025年4月には、社会保険料(1人あたりおよそ2,000元)の負担に加えて、採用後3ヶ月間規定の労働時間を満たしたドライバーには月給5,000元13を保障すると発表した。有給休暇、人間ドックの受診などの制度の整備も進めている。
政府としては、非正規労働者の社会保険制度改革を継続しつつ、プラットフォーマーによる自発的な社会保険加入促進を歓迎していると考えられる。ドライバーにとっても正社員化と社会保険の整備によりリスク保障が確保され、労務環境が改善され、職業としての地位向上も期待できる。ただし、京東が矢継ぎ早に追加措置を打ち出す姿勢を見ると、ドライバー確保が資金力に依存する“体力勝負”となりつつある懸念もある14。本来であれば、各雇用形態に応じて、適切な措置が求められるべきであり、行き過ぎた拡充は今後の持続可能性にも課題を残すことになる。京東の市場参入は、プラットフォーム経済の未来の競争が、単なる市場のシェア争奪ではなく、プラットフォーマーによる社会的責任の履行とそれに伴う持続可能なビジネスモデルの構築へと進化しつつあることを示している。
13 美団の2024年第3四半期におけるギグワークのドライバ―の平均月給は、中小規模の地方都市(3-5線都市)で5,720元。北京・上海・広州・深圳といった大規模都市では7,629元であった。(出典)美団のウェブサイト公表内容。
14 美団は5月29日、「騎手大病関懐計画」として、ドライバー向及びドライバーの未成年の子女向けに重大疾病保障の拡充を発表。元は2019年に美団と配送業者が共同で出資し設立した基金から、ドライバー及びその直属の親族向けに疾病の際の補助金を支給。2024年時点で合計6,173名のドライバ―及び家族が補助を受け、合計1.9億元が支給されている。対象となる重大疾病はこれまでの101種に加えて、今回51種の軽症の疾病、入院費用(重度を除く)の保障も対象となった。
(2025年07月01日「基礎研レポート」)
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03-3512-1784
経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
片山 ゆきのレポート
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