2019年06月07日

最低賃金、引上げを巡る議論-引き上げには、有効なポリシーミックスが不可欠

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任   矢嶋 康次
総合政策研究部 准主任研究員   鈴木 智也

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2韓国の失敗例 : ピッチ早すぎ?
一方、最低賃金の引き上げが、経済社会にマイナスの影響を及ぼした例としては、韓国の事例を挙げることができる。
(図表5) 韓国の最低賃金と失業率 韓国では、1988年に全国一律の最低賃金制度が導入され、その後、比較的高い率で毎年最低賃金の引き上げが実施されてきた。特に、直近2年間の引き上げ幅は凄まじく、2019年1月からの最低賃金8,350ウォンは、2017年の最低賃金6,470ウォンと比較して29%も高くなっている。韓国の最低賃金委員会が試算したところによると、直接的な影響(あるいは恩恵)を受けると推定される労働者は、全労働者の4分の1にあたる500万人に及ぶという。労働者への影響が大きいだけに期待も大きい政策であったが、実際には失業率の上昇という形で実体経済を悪化させた。2019年1月の失業率は、リーマンショックで記録した2010年1月の4.7%に迫る4.4%まで悪化している(図表5)。

韓国において、最低賃金の引き上げが雇用・経済に大きな悪影響を及ぼした理由には、経済の実情を反映しない急激なペースで最低賃金の引き上げが実施されたこと、法人税率の引き上げや規制強化といった反企業的な政策が企業活動を委縮させ、企業が防衛的な行動を強めたこと、などが挙げられる。所得分配に偏った政策が企業負担を増加させ、経営効率を改善する政策的支援や時間的猶予を与えなかったことが、問題を深刻化にしたと言えるだろう。
 

4――最低賃金の引き上げは、加速すべきか?

4――最低賃金の引き上げは、加速すべきか?

(図表6) 最低賃金・全国加重平均額の推移 日本では、近年3年連続して年3%を越える最低賃金の引き上げが実施されてきた(図表6)。過去15年間の平均上昇率が年1.9%であることや物価上昇率が1%程度に留まることなどを踏まえると、国内的には高い水準にあると言える。

足元の日本経済をマクロな視点で見ると、雇用環境は完全雇用に近い状態にあり、2019年4月の有効求人倍率は1.63倍であり、新規求人倍率も2.48倍と人手不足が深刻化している3。また、企業の利益は過去最高を更新し、2018年度の経常利益4>は86.4兆円と10年前の2.5倍に拡大している。労働需給が引き締まり、企業が利益を稼ぎ出す中、雇用者への還元は遅れ気味だ。

このような状況のもとで、すべての企業に賃上げを義務付ける最低賃金の引き上げは、雇用者への還元を強化する格好の機会となり得る。とりわけ、最低賃金近傍で働く労働者は生産性の低い企業に多く、そのような企業を中心として、組織改革や先端技術の導入、統廃合の動きが活発化すれば、日本全体の産業競争力が中長期的に強化され得る。

他方で、このチャンスにはリスクもある。韓国の事例が示すように、経済実勢に見合わないペースで引き上げが実施されれば、企業が雇用調整や投資抑制など防衛的な姿勢を強めて、経済にマイナスの影響が及びかねない。中には美容室のように、資本や技術の導入では、対応していくことが難しい企業も存在する。産業別や地域別など、キメ細かな対応をしていくことも必要だろう。

最低賃金の引き上げを加速するためには、3つのことに留意していくことが必要だと考える。3つとは、すなわち「経済実勢に見合わない引き上げをしないこと」「企業に生産性の向上を迫ること」「雇用の安全網を整備すること」である。

足元の経済実勢を反映しない早さでの引き上げは、社会に大きな歪を生みかねない。それは失業率の上昇として現れる場合もあれば、産業の空洞化などに現れる場合もあるだろう。企業が順応できない程のスピードで事業環境を激変させてしまうのは、明らかにやりすぎである。

また、経済実勢に配慮したものであっても、企業にとって雇用コストが増える点に変わりはなく、それを補う生産性向上とは不可分だ。最低賃金の引き上げを経済の好循環につなげるためには、企業の生産性向上を促すポリシーミックスが必要である。具体的には、研究開発減税の拡大、多方面での規制緩和、積極的な外資誘致政策などの政策が有効だろう。また同時に、非効率が改善されない企業に対しては、経営統合や廃業などを促し、産業の新陳代謝を高めていく仕組みも必要である。

さらに、雇用が不安定化した場合に備えて、労働市場に安全網を整備しておくことも必要だ。最低限度の生活を保障するセーフティーネットの充実や、労働の質を高め雇用のミスマッチを小さくする教育訓練プログラムの導入、労働のインセンティブを高める税制改革など、労働市場を補完するための政策は必須である。

最低賃金の引き上げ加速は、有効なポリシーミックスをどれだけのスピードで整備して行けるか、に掛かっているとも言える。
 
3 厚生労働省「一般職業紹介状況」
4 財務省「法人企業統計調査」(数値は、金融保険業を除く全産業・全規模の経常利益)
 
 

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総合政策研究部

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

総合政策研究部

鈴木 智也 (すずき ともや)

(2019年06月07日「基礎研レター」)

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【最低賃金、引上げを巡る議論-引き上げには、有効なポリシーミックスが不可欠】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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