2019年06月05日

策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える(下)-都道府県の情報開示・情報共有を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~地域医療構想の実現に不可欠な情報開示・情報共有~

都道府県が医療提供体制改革を目指す「地域医療構想」を策定し、2年が過ぎた。地域医療構想は、人口的にボリュームが大きい団塊の世代が75歳を迎える2025年に向けて、過剰な病床の適正化や切れ目のない提供体制の構築を図ることを目指しており、都道府県を中心に地域の関係者が合意形成しつつ、改革を進めることを想定している。(上)では2年間の動向として、公立・公的医療機関の役割を縮小する動きが強まっている点を確認するとともに、公立・公的医療機関のウエイトには地域差が見られるため、その方法だけでは全ての地域に対応し切れない点を確認した。

(下)では地域医療構想を進める際の大前提として、地域の関係者が合意形成する重要性を確認する。その上で、議論に用いられている資料や議事録に関する都道府県の情報開示・情報共有のスタンスを確認することで、そのスタンスが不十分である点を指摘する。
 

2――合意形成の重要性

2――合意形成の重要性

図1:開設者別に見た病院の病床数 1|実効的な権限を有しない都道府県の限界
日本の医療提供体制が民間中心である点は(上)でも述べたが、改めて現状を確認する。図1は開設者別に見た病院の病床数の内訳であり、国は8.2%、公立医療機関は14.4%(都道府県、市町村、地方独立行政法人の合計)、公的医療機関(日本赤十字、済生会、北海道社会事業協会、厚生連、健康保険組合及びその連合会、共済組合及びその連合会、国民健康保険組合の合計)は7.0%にとどまる。これに対し、民間の医療法人が55.6%を占めており、これらの医療機関に対して都道府県は実効的な権限をほとんど有していない。

その一例として、医療計画制度に基づく病床規制を取り上げる。1980年代からスタートした医療計画制度では、病床過剰地域における病床数に上限を設定している。しかし、民間医療機関に対しては、行政指導の性格しか持たない「勧告」にとどまる上、病床の新設を認めない規制についても、医療計画制度の根拠法である医療法ではなく、健康保険法に基づく保険医療機関に指定しないことで対応している。つまり、保険診療の対象から外れると、医療機関は患者に医療費の全額負担を求めなければならなくなるため、実質的に病床を増やせないようにしているわけだ。

こうした規制については、「どの医療機関の病床が過剰であるか一概に判断できない以上、常にその責めを新規参入者に負わせていることは職業選択の自由を制限する態様として合理的といえるか大いに疑問が残る」1という指摘のほか、「医療法の勧告に従わなかったからという理由で、健康保険法で不利益に扱う制度は江戸のかたきを長崎で討つ仕組みだ」2という皮肉さえ過去には出ていた。つまり、医療計画の策定を医療法で策定するよう都道府県に義務付けているのに、その実効性は健康保険法で担保している様子について、「江戸(医療法)のかたきを長崎(健康保険法)で討っている」と皮肉ったのである。

言い換えると、上記のような「迂回」的な方法を採らざるを得ないほど、都道府県が民間医療機関に対して行使できる強制力は小さく、こうした制約の下で、病床適正化や切れ目のない提供体制の構築などを進めなければならない難しさがある。
 
1 加藤智章、菊池馨実、倉田聡、前田雅子(2017)『社会保障法(第6版)』有斐閣pp149-151。
2 1998年4月14日第142回国会衆議院厚生委員会。医療法改正に関する国会審議に際して、行政法の専門家である阿部泰隆神戸大学教授(当時)が述べた
表1:地域医療構想に盛り込まれた病床数 2成否を決める関係者の合意形成
そうなると、地域医療構想の成否を決めるのは関係者の合意形成である。その場として期待されているのが「地域医療構想調整会議」(以下、調整会議)である。調整会議は人口20~30万人単位の「構想区域」3ごとに設置されており、地域医療構想を策定・推進する都道府県だけでなく、地元医師会や民間医療機関の関係者、介護関係者、市町村、保険者(協会けんぽなど保険制度を運営する主体)、住民といった多岐に渡る関係者との合意形成に力点が置かれている。

では、なぜ関係者が多岐に渡るのだろうか。例えば、地域医療構想の策定に際して、都道府県が試算した病床数のギャップは表1の通りであり、このうち慢性期病床に関しては、「慢性期に入院する軽度な患者(医療区分Ⅰ)の70%が在宅医療に移行する」という前提に立っている。このため、地域医療構想における慢性期病床の余剰とは、在宅医療の普及を前提としていることになる。

しかし、在宅医療における関係者は医療従事者に限らない。生活に密着している在宅医療は介護・福祉との接点が多く、医療従事者と介護従事者の連携が問われる。このほか、介護・福祉政策や健康づくり政策などで住民との接点が大きい市町村、健診などを実施している保険者との連携も問われる。

以上の議論を踏まえると、「(筆者注:医療と介護の連携に力点を置いたイギリス、ドイツの制度改革と比べると)地域医療構想は病院部門内、入院と外来、医療と介護の役割を同時に調整する作業であり、複雑さと困難さが非常に高い」との指摘4に見られる通り、都道府県は難しい調整を求められていると言える5
 
3 医療計画の病床規制などで用いられる「2次医療圏」とほぼ同じである。
4 泉田信行(2016)「医療サービスの供給確保・地域医療構想」『社会保障研究』Vol.1 No.3。
5 ここでは触れないが、地域医療構想の推進に際しては、▽2019年度に策定する「医師確保計画」による医師偏在是正、▽外来医療計画の策定、▽医師の働き方改革――との整合性を図る必要もあり、調整の難しさは一層、増している。
3合意形成の最低限の基盤としての情報開示・情報共有
こうした調整を考える上で、「どうやったらスムーズに合意形成が進むか」を一律に論じるのは難しい。図2に見られる通り、将来の病床数の余剰・不足については地域差が大きく、こうした中で求められる医療政策が異なってくるし、地域の関係者が欲する情報も違う。例えば、これから人口や高齢者が減る地域では、外来や入院需要が減るデータを示せば、医療機関はパイの拡大が難しいことを理解できるようになり、方向転換を促せる可能性があるが、2025年以降も高齢者が増える三大都市圏で通用するアプローチとは思えない。
図2:地域医療構想に盛り込まれた病床数の余剰または不足の状況 このほか、都道府県の担当職員の意欲や力量の差、地元医師会のスタンス、都道府県と地元医師会の関係、(上)で述べた公立・公的医療機関のウエイトといった地域事情を踏まえる必要もあり、合意形成を得るための「早道」は存在しない。一言で評すると、地域の事情に応じて都道府県を中心に関係者が地道に合意形成を積み上げるアプローチが重要になる。

その際、合意形成プロセスの公開は一つの重要なエッセンスと思われる。例えば、地域医療構想のポイントの一つは医療機関の役割分担を定める点にあり、「××病院が急性期を維持するのであれば、△△病院は回復期を中心に地域の開業医と連携する」といった形で合意を形成する上では、相互の信頼関係の構築が不可欠であり、「隣の●●病院が急性期を維持するつもりなのでは」といった不信感を相互に持っていると、調整が進まない可能性がある。こうした不信感を払拭し、関係者同士の信頼関係を構築する上では、調整プロセスの透明性を高める情報開示・情報共有が非常に重要になる。

さらに調整会議を運営する都道府県と、民間医療機関の信頼関係も必要である。民間医療機関から見ると、公立病院を所管している都道府県は患者獲得を巡って競争しているライヴァルでもある。こうした状況で都道府県が公立病院の利益を優先した場合、あるいは「優先している」と民間医療機関に受け止められた場合、民間医療機関の不信感を招く危険性がある。つまり、調整会議における都道府県の役割は議論を調整するコーディネーターとして振る舞うことが期待されているのに、民間医療機関が「都道府県はプレイヤーとしての利益を優先している」と疑えば、調整や合意形成は進みにくくなる。

このほか、住民の理解も欠かせない。例えば、病床を減らしたり、機能を再編したりする合意が関係者の間で整ったとしても、「今まで5分あれば救急車で運んでもらえたのに、来年度から15分になる」という形で受け止められれば、住民から反発や不安が出る可能性がある。増してや、公立病院の統廃合や再編は住民の反発を招いたり、首長や議員の選挙で争点になったりする分、理屈通りに進まないことが多い。こうした反発や不安への対応として、「救急機能に影響が出ないようにドクターヘリを整備する」といった代替策を検討することが求められる6ほか、住民に対する丁寧な説明プロセスが求められる。

以上の点を踏まえると、関係者の合意形成を図る最低限の基盤として、調整会議の資料や議事録を幅広く公開される必要がある。この点については、ヘルスケアシステムの良いガバナンス(統治)や住民参加に必要な要素として、「透明性」(transparency)が論じられていることとも符合する7

では、都道府県は地域医療構想について、どのような情報開示・情報共有に取り組んでいるのだろうか。都道府県のウエブサイトに載っている資料・議事録の公開度合いを検証することで、調整会議の合意形成プロセスに関する情報開示・情報共有に向けたスタンスを検証する。
 
6 ここでは詳しく述べないが、過疎地における医師確保などが求められる場合、2019年度中に都道府県が策定する「医師確保計画」との整合性も問われることになり、都道府県の責任が一層、増すことになる。
7 Scott L. Greer et.al(2015)“Strengthening Health System Governance”European Observatory on Health Systems and Policies Series,pp32-41.
 

3――都道府県による情報開示・情報共有の検証

3――都道府県による情報開示・情報共有の検証

1|検証の方法
検証に際しては、都道府県のウエブサイトをチェックすることで、全国341に分かれた構想区域ごとに公開度合いを検証した8。その際、以下の方法で実施する。

(1) 2019年5月25日時点で都道府県のウエブサイトをチェックし、「調整会議の資料は公開されているか」を構想区域ごとに検証する。

(2) さらに、2019年5月25日時点で都道府県のウエブサイトをチェックし、「調整会議の議事録は公開されているか」を構想区域ごとに検証する。

(3) このうち議事録については、「議事録が全文(やり取りが分かる詳しい概要を含む)または一部か」「議事録は実名または匿名か」という点も構想区域ごとに検証する。

(4) その際、厚生労働省の集計によると、構想区域ごとの会議は2017年度で計1,067回、2018年度で計1,327回に及んでいる9といい、2年間で平均すると一つの区域で計7回は開催されている計算であり、2017年度、2018年度の双方を検証する。

(5) ただ、「2017年度の第1回調整会議の資料、議事録は公開されているけど、第2回は非開示」「2018年度の第2回は詳細に議事録を公開しているが、第1回は概要だけ」といった形で、同じ区域、同じ年度でも公開度合いが異なるケースが見られるため、同じ年度、同じ区域で一つでも資料や議事録が開示されている場合は「あり」にカウントする。議事録の全文or一部、実名or匿名の判断についても、これに準じる。

(6) その上で、地域医療構想を策定した後の変化を検証するため、策定プロセスにおける都道府県の情報開示・情報共有のスタンスと対比させる。2015年3月に取りまとめられた国の「地域医療構想策定ガイドライン」に基づき、都道府県は地元医師会や医療機関関係者、介護事業者、市町村、住民代表などで構成する会議体を設置し、地域医療構想を2017年3月までに策定した。そこで、2017年3月31日現在における策定プロセスの公開度合いと、(1)~(5)の結果との比較を試みる。ただ、(6)については、「(1)~(5)の分析が構想区域単位であるのに対し、(6)は都道府県単位となる」「(1)~(5)の調査年次が2019年5月25日現在であるのに対し、(6)は2017年3月31日現在の数字」という点で単純な比較は困難であり、一つの参考資料として用いる。

以下、上記の方法で得られた結果を基に、(1)調整会議に提出された資料の公開、(2)調整会議に関する議事録の公開――の2つに整理し、考察を深めることとする。
 
8 熊本県が「熊本区域」「上益城区域」の会議を一体で開催するなど、幾つかの区域では複数の区域にまたがって調整会議を一体で開催したり、区域を細かく分けたりしている例も見られるが、地域医療構想が策定された時点の341区域で統一した。
9 2019年5月16日第21回地域医療構想に関するワーキンググループ資料を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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