2018年10月30日

Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-

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4―Brexit後の国境を越えた保険契約の取扱等を巡る英国とEU等の動き

8月の英国政府の「No-deal Brexitガイダンス」の中でも触れられ、英国の保険業界がBrexitに伴う最も大きな課題の1つであるとしている「国境を越えた保険契約(Cross-border contracts)の取扱」を巡る動きについては、英国と(英国以外の)EUの間での認識や対応に差異が見られている。

1|英国での対応
英国での認識や対応については、これまで述べてきたように、EU各国の監督当局が所要の法的対応等を行う必要があるとして、英国の政府や保険監督当局は自ら法制化等の所要の対応を行ってきている。

2|EUでの対応
6月に、イングランド銀行のMark Carney総裁は、「約£82bnの保険負債がBrexitのためにリスクにさらされている。」とし、これらの国境を越えた保険契約者を保護するための欧州委員会の行動を求めた。

欧州委員会のValdis Dombrovskis副会長は、7月11日の記者会見で「Brexitは、既存の国境を越えた金融契約にリスクを及ぼさない。」とし、「国境を越えた保険契約の保有者4800万人が、Brexitの影響を受けず、欧州の監督当局がさらなる対策を講ずる必要はない。」、「Brexit後でさえ、既存の債務の履行は一般的に続けることができるので、契約の継続性に関連した一般的な性質の問題は現段階では現れていないようだ。」と述べていた。

これに対して、英国の保険業界は、「英国は、Brexit後、EUベースの保険会社によって引き受けられた保険契約が英国で引き続き有効であることを保証しているのに対して、互恵的な約束がない。」として、怒りを表明した。

EIOPAは、7月12日に「国家監督当局の助けを借りて、契約の継続性を確保することは保険者の責任である。」との意見を公表した。

なお、EIOPAは、6月28日に「英国のEUからの離脱の影響についての顧客に対する情報の開示に関する意見(Opinion on disclosure of information to customers about the impact of the withdrawal of the United Kingdom from the European Union)」を公表15している。

この意見の中で、EIOPAは、「EIOPAは、離脱日前に締結され、離脱日以降有効のままである保険契約に関わっている。保険会社はサービスを継続し、顧客に対する義務を履行できなければならない。」として、「現在、会社がサービスの継続性を確保するために選択できる法的枠組みの中には、多くの選択肢がある。例えば、契約のEU内又は英国の子会社への移管、保険会社がどこをベースにしているのかによるが、第三国支店の設立、又は欧州会社の法的形態における英国保険会社の所在地の変更である。」と述べた。

さらに、「EIOPAはまた、英国の離脱が契約にどのように影響するかについて、できるだけ多くの情報を消費者に提供しなければならない、ことを保険会社にリマインドしている。また、顧客が契約を締結するか、契約を更新するかを決定する前に、コンティンジェンシー・プランを説明し、契約上の権利とサービスの提供に与える影響についても説明する必要がある。」とした。

加えて、「各国の監督当局が、ローカルの保険会社がコンティンジェンシー・プランを作成し、顧客に十分な情報を提供するための監督措置を強化することを期待している。EIOPAは、保険会社の行動の包括的な見直しを確立するために国家監督当局間の継続的な対話を提案する。」と述べていた。  

5―まとめ

5―まとめ

ここまで、今回のレポートでは、Brexitに向けての英国政府の対応のうち、Brexit後にソルベンシーIIを国内法に適用する場合に必要となる関連する法規制等の修正について規定したドラフト法律文書(ドラフトSI)の内容及びNo-deal Brexit の結果に備えてのコンティンジェンシー・プランに関するガイダンス(No-deal Brexitガイダンス)について、報告してきた。

1|イングランド銀行による新たな文書の公表
こうした動きの中で、10月25日には、イングランド銀行がBrexitに関して、いくつかの新たな文書を公表している。

その中で、例えば、「EU(離脱)法の下でのイングランド銀行の金融サービス法へのアプローチ- 2018年10月(Bank of England's approach to financial services legislation under the European Union (Withdrawal) Act - October 2018)」16とするコミュニケーション・パッケージは、Brexitに起因する規則及び拘束技術基準の変更を規定している。また、暫定的認可や認識制度を含む、英国で事業展開しているEEA会社や英国以外のFMIに対する認可と認定のプロセスについてのさらなるガイダンスを示している。このパッケージは、Brexitに関連するもの以外の政策の変更を反映しておらず、Brexitを前提とした会社との以前のコミュニケーションに基づいている、としている。

このコミュニケーション・パッケージには、以下が含まれている。

1.PRAの最高行政官で健全性規制担当副長官のSam Woods氏から、PRAによって認可され規制されている全ての会社とパスポート権を通じてEUの残りの国々からの英国への国境を越えた活動を行うEEA会社に対するCEO宛のレター17、イングランド銀行の金融安定性副総裁のJon Cunliffeによる、英国以外のCCPs)及び英国以外のCSD)に対してのBrexitの準備に関するアプローチの更新

2.移行措置の提案された使用を含む、規則及び拘束技術基準への変更に関するイングランド銀行の一般的なアプローチを述べたイングランド銀行/PRAの共同コンサルテーションペーパー。また、EUガイドラインと勧告に関連する会社とFMIの期待を示す監督声明(SS)も含まれている。

3.PRA規則と関連する拘束技術基準への主要な変更を述べたPRAのコンサルテーションペーパー。協議は、財務省がその政策意図を公表したか、関連する法律をドラフトで公表したか、議会に提出したEU法に関連する変更を対象としている。

4.金融市場インフラ(FMI)関連の結合技術基準やルールへの重要な変更を設定しているFMIコンサルテーションペーパー。協議には、既存の拘束力のない国内資料に関するFMIの期待に関するドラフト監督声明も含まれている。

5.破綻処理と関連して拘束技術基準への変更を示す破綻処理コンサルテーションペーパー。また、英国のEUからの離脱に起因する不備を考慮して、会社がどのようにして破綻処理に関するイングランド銀行の政策声明を解釈すべきかを提案している。

また、イングランド銀行のWebサイトを最新の情報に更新しており、これまでのEUとのコミュニケーションを単一のWebページで行うことができる、としている。これには以下が含まれている。

6.適格性、制度への加入と制度からの脱退、TPRの企業に適用されることが期待される規則を含む、暫定的許可制度(TPR)に関する企業の情報

7.暫定的認可制度(TRR)に関する英国以外のCCPに関する追加情報及び英国以外のCSDの移行プロセスを含む、英国外からFMIのプロセスに関する情報。イングランド銀行は、影響を受ける企業に対して、さらに多くの情報を提供している。
2|Brexit後のEEA会社への対応-暫定的許可制度の確認-
3―No-deal Brexit(合意なしの英国のEUからの離脱)に対する英国金融規制当局のガイダンス」の中で述べたように、Brexit後も引き続き英国において事業を継続することを希望するEEA会社は、PRAからの認可を受ける必要がある。この認可は、英国のEUからの規律だった離脱がある場合には、移行期間が終了するまで要求されない。ところが、No deal Brexitの場合、移行期間がないシナリオでは、PRAは、英国政府が提案した権限を行使することになる。これに対して、英国政府は、会社が変更を遵守するのに十分な時間を確保できるように移行的な救済を認めるために、暫定的許可制度(TPR)の導入をコミットしていた。

これに関して、今回のコミュニケーション・パッケージの中の、「Sam Woods氏から保険会社のCEO宛のレター」の中で、Sam Woods氏は、「移行期間がない場合、暫定的許可制度(TPR)は、離脱後、会社がPRAからの承認を求めている間、限定された期間の事業展開を認めている。」と述べて、改めて、この問題への対応を確認している。

以上、Brexitを巡る状況については、相当程度に不透明な状況になっているが、こうした状況下でも、今回のレポートで報告してきたように、英国の政府や監督当局等は、No-deal Brexitシナリオの可能性も踏まえた上で、着実に必要な対応の検討等を進めてきている。

ソルベンシーIIに関連する事項については、基本的には保険会社と保険監督当局との問題であり、保険契約者に直接的な影響を及ぼすものではないが、欧州における保険会社間の公平性等にも関係してくることから、Brexit後の英国の保険監督当局及びEIOPAやEU各国の保険監督当局の今後の対応が注目されることになる。

一方で、クロスボーダーの保険契約の取扱等に関しては、このレポートで述べたように、英国とEUの間での課題意識の差異等を反映して、両者の間でのコンフリクトが発生しているようである。これは、保険契約者自体が直接的な影響を受ける可能性がある問題であり、しかもBrexitと共に即時に関係してくる問題である。できる限り早期に、両者の間の共通認識がまとまり、必要に応じて、適切な対応が図られていくことが望まれることになる。

Brexitを巡る英国の政府及び監督当局等の対応については、欧州における監督・規制の統一性・整合性に関係して、今後の国際的な各種システムを検討していく上でも、極めて関心の高い事項であることから、今後の動向についても、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年10月30日「基礎研レポート」)

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