2017年05月22日

Brexitを踏まえた保険会社の拠点移転等を巡る動きについて-英国のパスポート権の喪失を見据えた保険会社及び監督当局の対応-

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6―監督当局の動向

Brexitが実現した場合、EUの単一市場へのアクセスを維持するための金融機関の移転先として、英語圏のダブリン9は有力な候補地として考えられている。

これを受けて、アイルランドの保険監督当局であるCBI(Central Bank of Ireland:アイルランド中央銀行)も、金融機関を迎えるべく、前向きに取り組んでいる。CBIは、ソルベンシーIIの実施を監督する必要性とBrexit関連の動きの可能性への対応を考慮して、2016年に保険専門スタッフを4分の1以上増加させたが、2017年前半にさらに増加させる計画を立てている、とのことである。

CBIの保険監督責任者Sylvia Cronin氏は、2017年3月9日に開催されたKPMGが主催するイベントでスピーチ10を行っているが、その中でBrexitに関して、以下のように述べている。

「2016年11月以降、CBIは(再)保険会社からの承認申請を5件受け取り、少なくとも5件の追加申請を予定している。」「さらに、認可を議論するために約20の保険会社と連絡を取った。」

これにより、約30の(再)保険会社が、Brexitに伴いアイルランドに移転することを選択肢として検討していることが示されている。

さらに、「保険会社は、他の金融部門とは異なり、一般的に、拠点に関する戦略を実行する前に、第50条が発動するのを待っているわけではない。」と述べた。

アイルランドへの移転を認める重要な要件として、「申請者は、ビジネスがアイルランドから実行され、意思決定がここで行われることを私たちに示す必要がある。申請をレビューする際には、ここに実質的な存在があることを納得させる必要がある。ここで意思決定が行われるということである。アイルランドにおける人材の適切なレベルとプロファイルを持つことは、アイルランドから事業が運営されていることの大きな指標となる。」等と述べており、アイルランドにおいて、実質的な意思決定が行われている等の適切な基準を満たしていなければならない、としている。

さらに、「一部のビジネスモデルは他のビジネスモデルよりもリスクが高く、より多くのセーフガードを必要としている。たとえば、欧州全体での海外リスクの引受けには、こうした市場の深い知識と専門知識が必要となる。」としており、適切なリスク管理を備えたビジネスモデルのみがアイルランドで承認される、との考え方を示している。

2017年3月9日
Sylvia Cronin氏、保険監督担当ディレクターのKPMGイベントでのスピーチよりの抜粋(Brexit)

私があなたに話したい最後のテーマは、Brexitである。 Brexitは、外部環境による主要な方向転換である。EUを離脱する方法についてのロードマップはない。このイベントの前例のない性質は、影響を評価するのを困難にし、明確な経路を指し示すことを大変なものとする。第50条が発動される前に起こっている交渉の制限のため、私たちは確かにほとんど、そして細かいことはさらにわからない。

将来の取引協定、同等性、国境を越えた「パスポート」の発行など、多くのことを議論し、解決する必要がある。資本の流れと規制への影響は、時間の経過と共に現れる。

Brexitにはいくつか確実性がある。英国は単一市場のメンバーにとどまるつもりはないが、その市場へのアクセスを求めるだろう。Brexitは、それが英国にクロスボーダーで販売しているアイルランドの会社であろうと、サービスの自由や設立の自由に基づいてアイルランドで販売している英国の会社であろうとも、アイルランドの業界に直接的影響を与える。中央銀行は、企業が直面しているBrexit関連の不確実性の一部を軽減するために、当社の規制および監督責任に関する透明性、一貫性および予測可能性の基準を維持することにコミットしている。

将来的には、英国の保険規制制度はソルベンシーIIと同等の水準にとどまると予想している。 また、PRAがソルベンシーIIの主要な側面の多くを推進する最前線にあったのと同様に、今後もグローバルな規制基準の設定と実施においてこれが継続していくと見ている。

Brexitとアイルランドの保険業界に関する解説の多くは、現在パスポート権を維持するためにアイルランドに設立しようとしている英国で認可されている会社に関する期待に焦点を当てている。 私はアイルランドの保険または再保険事業の認可申請に関する最近の活動に関連していくつかの情報をあなたと共有したいと思う。

11月以降、私たちは保険または再保険事業の認可申請を5件受けた。さらに5つの会社が、そのような認可を申請する確固たる意思を示している。私たちは別の約20の保険会社と連絡を取り、承認を議論した。他の金融部門とは異なり、保険会社は、一般的には、拠点に関する戦略を実行する前に第50条が発動されるのを待っているわけではない。

我々は、どのような申請者との議論や関与にもオープンである。当社のウェブサイトには、当社の承認方法に関する広範な情報が掲載されている。法律で定められた要件を遵守していることを証明しない限り、企業は認可されない。認可の申請を決定する際には、EUの法律に基づいて作成された明確かつ公表されたルールとプロセスに従い、消費者を保護するという当社の義務に従う。当社の欧州のカウンターパートは、同じルールを使用して承認申請を評価している。規則の完全性と均質性、規制裁定を回避するという我々の決意を守るために、EUには監督当局の集団的コミットメントがある。

認可のための重要な要件は、アイルランドにおける実質である。申請者は、ビジネスがアイルランドから実行され、意思決定がここで行われることを私たちに示す必要がある。申請をレビューする際には、ここに実質的な存在があることを納得させる必要がある。ここで意思決定が行われるということである。アイルランドにおける人材の適切なレベルとプロファイルを持つことは、アイルランドから事業が運営されていることの大きな指標となる。

また、企業が直面しているリスクの管理に積極的に従事していることや、商品の適合性から請求の扱いまで、顧客の関心が契約提案の中心であることを確実にするという安心感が必要となる。 このようなビジネスモデルがすでにアイルランドに存在するか否かにかかわらず、リスクの特定と管理を念頭に置いた適切なビジネスモデルを持つ企業は、消費者のニーズ、適切な商品、健全な財務、強力な取締役および役員に焦点を当てている。

いくつかのビジネスモデルは他よりもリスクが高く、より多くのセーフガードが必要となる。例えば、欧州全体で外国のリスクを引き受けるモデルでは、これらの市場の深い知識と専門知識が必要となる。ビジネスモデルは、アイルランドの貸借対照表上で外国の管轄区域における極端なリスクを負ったり、不適切と広く見なされている商品を販売するなど、よく考えられていない可能性がある。

企業が私たちの期待を満たし、提出に成功した場合、既存の企業に現在適用されているのと同じ規制および監督活動の対象となる。Brexitは、単に承認のための承認をもたらすだけでなく、ここで確立しようとするビジネスが適切な標準と品質を有していることを我々が保証していることを強調しておくことが重要である。

中央銀行が、適切な時点までアウトソーシングおよび/またはインソーシングを行うこと自体は、困難ではない。そのようなアプローチは多くのビジネスモデルの一部を形成し、それ自体は問題とはみなされるべきではない。この点で我々の焦点は、彼らが健全な実践に沿ってうまくやっていることを確実にすることにある。 特に、活動が委託されているものの、責任は委任されていない可能性がある、というソルベンシーIIに置かれている原則に密接に焦点を当てている。私たちは常に、そのようなアウトソーシングを効果的に監督し、管理するためにエンティティ内に専門知識と年功序列があることを確認したいと考えている。企業は、規制された活動の重要な部分を効果的に中止している範囲でアウトソースすることはできない。

保険監督当局は、約200の保険会社が認可会社に登録されていることで証明されているように、企業を認可する上でかなりの経験を有している。スタッフの補完は、来ている申請を処理するために必要な追加リソースを反映しており、必要が生じた場合は緊急時に備えている。これらの要素を合わせると、期待される承認活動とそれに伴う新会社の監視のための設備が整っていることを意味している。

中央銀行はアイルランドの金融サービスの開発を促進する権限をもはや持っていないことに注意することが重要である。 私たちは過去にこのような任務を遂行しており、これが認可と監督の立場を損なうと判断された。これが私たちの役割を規定する法律から削除されたのは正当な理由がある。むしろ、私たちは安定を促進し、消費者を保護する明確な任務を持っている。

さらに、最近では、CBIの政策&リスク担当ディレクターのGerry Cross氏が、2017年5月9日に、New Yorkにおいて、Brexit問題の進展について、スピーチしている。

その中で、「中央銀行は、欧州事業をアイルランドに再配置することを検討している英国企業からの重要な関心を観察している。」と強調するとともに、「中央銀行の認可に対するアプローチは、構造化されており、透明で予測可能である。」と述べた。さらに、Brexit関連の認可に対する一貫したアプローチを達成するために、欧州監督当局が重要な役割を果たしている、と述べた。
 

2017年5月9日
Brexitの進展 - Gerry Cross氏、政策&リスク担当ディレクターのスピーチ

・中央銀行は高水準なBrexit関連活動を引き続き見ている
・中央銀行の承認に対するアプローチは、構造化されており、透明で予測可能である
・Brexitとの関連における欧州監督当局の重要な役割

Gerry Cross氏、政策とリスク担当ディレクターは、New YorkのBrexit 朝食セミナーで、
Brexitによって形成された不確実性の中で、中央銀行は、欧州事業をアイルランドに再配置することを検討している英国企業からの重要な関心を観察している、と強調した。

Cross氏は、中央銀行の認可に対するアプローチは、構造化されており、透明で予測可能である、と述べた。意義あるサイズや重要性のある申請では、専用チームが主導的窓口とともに設けられる。「我々は、部門別に規制しているが、緊密に調整が図られ、適切に統合されたアプローチを採用している。」と付け加えた。

Cross氏は、様々な管轄地域におけるBrexit関連の認可に対する一貫したアプローチを達成し、規制裁定取引の機会を制限するために、欧州当局によって行われた重要な作業を歓迎した。ECB(欧州中央銀行)と欧州監督当局による最近の進行中の作業は、企業が許可と監督のアプローチが異なる以外の理由に基づいて立地決定を行うべきであることを意図している。

Brexitと中央銀行と企業の相互関係については、「中央銀行では、認可申請や既存事業の拡大が予想される。 私たちは既に、これらのいくつかがやって来ているか、意図が示されているのを見てきた。」彼は、全面的な状況については、しばらくはわからない、と付け加えた。

ダブリンは、確かに英語圏にあり、しかもロンドンに近接していることから、特に英国の保険会社にとって、適切な移転先であると考えられている。ただし、ロンドン市場が弱体化していくのであれば、ダブリンに移転することのメリットも低下するのではないかとも言われている。
 
 
9 アイルランドの第1公用語はアイルランド語であり、英語は第2公用語であるが、実質的には殆どの地域で日常的に英語が使用されている。
10 https://www.centralbank.ie/news/article/director-of-insurance-supervision-sylvia-cronin-at-kpmg-event
 

7―まとめ

7―まとめ

以上、ここまで、Brexitに伴うパスポート権の動向を踏まえての保険会社の拠点移転や新設を巡る動き及び保険監督当局の対応状況について、報告してきた。

これによれば、保険会社の場合、その事業の特性等から、これまでもEU加盟国内で他国に事業展開する場合に、多くのケースにおいて子会社の設立等が行われてきていることから、Brexitに伴うパスポート権に絡む影響については相対的にそれほど大きくないと想定されている。ただし、これまで、英国での拠点をベースに事業展開を進めてきた保険会社もあることから、こうした会社は、欧州事業の中心となる拠点を、ロンドン等の英国から、ブリュッセル、ルクセンブルグ、ダブリン等に移転することを検討し、実際に決断してきているようである。

現時点では、こうした会社の方針を対外的に明確にしている保険会社は限定されているが、Lloyd'sのように影響が大きいと想定される会社については、迅速な意思決定を対外的にも公表することで、今後のBrexitの議論の行方に関わらず、不透明性を排除して、顧客等への安心感も訴求していく方針を採用している。

いずれにしても、今後6月の英国の総選挙が終了し、Brexitに向けての英国の姿勢がさらに揺るぎないものになってくることが確認されれば、各社の方針決定に向けての動きが加速され、順次対外的な公表を行う会社も増加してくるものと想定される。実際に、アイルランドにおけるCBIの報告からは、そのための準備等に向けた保険会社の動きが確認されている。

今回は英国の監督当局のPRAの対応やその対応等を踏まえての英国等の保険会社の対応については触れていない。さらには、ソルベンシーII規制への影響等についても採り上げていない。これらのテーマについては、別途のレポートで報告することとする。

今後とも、Brexitを巡る保険会社や保険監督当局の対応については、多くの注目を浴びていることから、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2017年05月22日「基礎研レポート」)

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