2015年02月06日

アジア新興国・地域の潜在成長率-持続的な高成長は可能か

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―はじめに

アジア新興国・地域は、先進国を上回る成長率の高さに注目が集まるが、中国・インド・ASEAN主要4カ国(マレーシア・タイ・インドネシア・フィリピン)・韓国・台湾など国・地域によって成長速度は異なる。本稿では、上記8カ国・地域について1980年以降の潜在成長率を算出し、成長要因の変化から今後の持続的な高成長に向けた課題を探る。


2―各国の潜在成長率の推計方法

本稿では、コブ・ダグラス型の生産関数アプローチを用い、潜在成長率を潜在資本投入量、潜在労働投入量、全要素生産性(以下、生産性と呼ぶ)の3要因に分けて分析する。具体的には稿末のとおり


3―潜在成長率の推計結果

国・地域別の潜在成長率を算出したものが[図表1]である。
   まず、韓国・台湾・マレーシア・タイの4カ国・地域は、80年代・90年代は6%~9%と高水準であったが、その後は低下し、2011年以降は約3~4%となっている。
   また、中国は、1980~2000年代は10%前後の高い潜在成長率を維持したが、2011年以降は8%台まで低下している。
   一方、潜在成長率が上昇した国もある。インドネシアは、1990-2000年代は4%台で低迷していたものの、2011年以降は6%まで上昇している。また、フィリピン・インドも他の国が高い水準にあった1980年代は相対的に低い水準であったが、その後は上昇傾向にある。




4―成長要因と高成長に向けた課題

以下では、8ヵ国・地域中で最も成長を遂げた韓国の成長要因を前期(1980年代)・中期(1990年代)・後期(2000年以降)に分けて、3要素別(「労働」・「資本」・「生産性」)に整理した上で、各国・地域の持続的な高成長に向けた課題を韓国と対比して考察する[図表2]。




1|韓国の成長要因

発展段階の前期([図表1]の韓国の1980年代)の成長要因を見ると、この時期には既に少子高齢化が始まったが、労働投入量は一定程度(1.9%)寄与していた。また、オフショア市場から短期資金を調達することで重化学工業化を推進したことから、資本投入量が成長の牽引役(寄与度4.6%)となっていた。生産性についても、生産性の低い農村部から生産性の高い都市部の製造業に就く動きによって成長率を2.8%押し上げた。つまり、この期間においては、外国資本が梃子の役割を果たし、「資本」で高成長を遂げたと言える。
   発展段階の中期([図表1]の韓国の1990年代)の成長要因を見ると、労働投入量は更なる少子・高齢化の進行によって、寄与度は0.8%と縮小した。また資本投入量は、資本ストックの累積効果によって伸びが縮小したが、金融市場の自由化によってオフショア市場から短期の借入を更に増やし投資の拡大が続き、寄与度は3.3%と高めの水準を維持した。更に生産性は、就業構造の変化や都市化のペースは落ちたものの、先進国の既存技術の適用(キャッチアップ)を通じて産業を高度化し、寄与度は2.3%と高めの水準を維持した。つまり、「労働」が縮小するなか、「資本」・「生産性」が高成長を牽引していたと言える。
   発展段階の後期([図表1]の韓国の2000年以降)の成長要因を見ると、労働投入量の寄与度は▲0.1%とマイナスに陥った。また資本投入量は、拡大した国内金融資産が投資を上向かせたと見られるが、その投資の一部は海外に向かったこともあり、寄与度は1.6%と更に鈍化した。一方、生産性は、引き続き先進国へのキャッチアップによって寄与度は2.6%と高めの水準を維持した。結果、「労働」・「資本」の寄与度が縮小するなか、高成長を維持する上では「生産性」が欠かせない要素になってきたことが分かる。


2|持続的な高成長に向けた課題

(1)発展段階:前期

韓国の発展段階前期には、インドネシア・フィリピン・インドが該当する。
   これらの国は外国資本の投資が高成長のカギを握るが、資本投入量は80年代の韓国の水準を下回っており、資本不足に陥っている可能性がある。
   資本不足解消のためには、他の新興国・周辺国に対する相対的な魅力度を上げることで外国資本の投資を呼び込む必要がある。具体的には、特区の活用や外資出資比率規制の緩和、交通・電力インフラの整備、土地収用規制の見直し、政治の安定、不正・汚職の是正などを通じた外資のビジネス環境の整備が挙げられる。


(2)発展段階:中期

韓国の発展段階中期には、マレーシア・タイ・中国が該当する。
   発展段階中期においては、中所得国の罠に陥り、成長率の低下が懸念される。この期間の成長の牽引役となる資本投入量と生産性を比較すると、90年代の韓国が合計5.6%であるのに対して、中国は8.6%と上回っており、当時の韓国以上のスピードで、高所得国入りしそうである。
   一方、マレーシア・タイはそれぞれ2.7%、3.4%と韓国を大きく下回っている。従って、両国では外国資本を呼び込んで単純労働だけを求めるのではなく、自ら開発に関わるような投資を増やすことが課題と言える。具体的には、技術開発投資やハイテク資本の導入、ITインフラの整備、高度人材の育成、特区の優遇措置の見直し(選択と集中)、知的所有権の強化などが挙げられる。


(3)発展段階:後期

韓国の発展段階後期には、台湾が該当する。
   発展段階後期においては、生産性が最大の成長の牽引役となるが、韓国・台湾ともに主力の電子機器では既に世界を先導する領域まで達し、キャッチアップ戦略が限界にきている。
   従って、今後も高成長を持続するためには、先進国に先駆けたイノベーションの創出による生産性の向上が課題となる。イノベーションの創出に向けて、基礎研究レベルの底上げだけではなく、技術開発力やソリューション力の向上、また経済の新陳代謝を促すような政策(規制改革、コーポレート・ガバナンス改革、新産業の育成など)によって政府が後押しすることも必要だろう。
   高度成長を終えた日本同様、韓国・台湾にも生産性向上に苦悩する時間が控えているかもしれない。生産性の向上は先進国も含めた共通の課題である。


5―おわりに

本稿を通じて、アジア新興国・地域はそれぞれの抱える課題を克服することにより、今後も世界経済を牽引するパフォーマンスを秘めていることがみえてきた。各国・地域が、課題克服に向けて、どのような取組みを見せてくれるのか、引き続きその動向をウォッチしていきたい。

 

 
 1 生産関数を以下の式(1)と仮定する。

Yは実質GDP、Aは全要素生産性、 Kは資本投入量、Lは労働投入量、定数α(0<α<1)は労働分配率を表す。本稿ではα=0.67と仮定した。次に両辺を自然対数(ln)に変換し、時間で微分すると以下の式(2)となる。

式(2)のとおり、実質GDPYの増加分は全要素生産性A、資本投入量K、労働投入量Lそれぞれの増加分に分解される。また、この関係式は「実質GDP」だけではなく「潜在GDP」にも適用される。実質GDP 以外の各要素は、直接的なデータが存在しないため、資本投入量は資本ストックデータ、労働投入量は雇用関連データから間接的に把握することで、潜在GDPを推計した。統計データが短い場合は、取得可能なデータから推計するなどして補完した。
 2 韓国の高度成長は1960年代から始まるが、本稿の対象期間はデータ制約上1980年代以降としているため、1980年代を発展段階の前期とみなす。
 3 「中所得国の罠」とは、賃金上昇により、「安い労働力」を原動力とした成長モデルが通じなくなる状況を指す。

(2015年02月06日「基礎研マンスリー」)

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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