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統計は社会を映す鏡である。
そのように機能しているのは、そのように設計されているからである。しかし、統計が存在すること自体も社会を映す鏡となっている。とりわけ、網羅的な調査を必要とする統計、集計・作成に多大なプロセスを経なければならない複雑な体系を持つ統計ほど、社会の繁栄や安定と密接な関係がある。基礎データ収集のための調査と様々な集計加工に人と時間とコストを要する統計ならば、それを行うだけの意義が社会的に認知されていない場合には、世には出てこないはずだからである。
近世以降の社会において、最も長い歴史を持つ網羅的な調査統計としては、国勢調査、すなわち、人口調査が挙げられる。欧米諸国の場合、最初の国勢調査が行われたのは18世紀末から19世紀半ばにかけての国が多いが、この時期が産業革命前夜の時代に当たることと無関係ではない。手工業が世に現れたことで、社会全体の生産性が僅かながらも継続的に上昇し始めたと思われるのが18世紀半ば頃のことである。現代の研究によれば、18世紀半ばまでの世界人口の増加率は、年率換算にすると0.1%しかなかったと見られているが、当時は生産性の上昇に伴って人口が増えているらしい、調べてみようということになって始まったのが、国勢調査の発端だと言われる。社会が豊かになりつつあるという実感があって、それを確認したいというニーズが生まれ、国家レベルでの調査実施を可能にする社会の安定性もあったからこそ、調査が実現したと考えられる。アダム・スミスの『国富論』やマルサスの『人口論』が、この時期(18世紀後半)に執筆されたのも、こうした背景を反映している。
日本においては、正式な国勢調査が最初に行われたのは1920年であるが、内閣統計局による全国規模での人口調査はそれ以前から存在し、1872年以降は戸籍調査に基づく人口推計が毎年実施されていた1。明治時代以降、様々な統計が整備されていったが、驚かされるのは、現在の「国民経済計算統計」の前身に当たる「国民所得統計」に関して、1887年から実績値が存在することである2。
冒頭で述べた「網羅的な調査を必要とする統計、集計・作成に多大なプロセスを経なければならない複雑な体系の統計」を1つ挙げるとすれば、一国の経済活動の内容とその成果を最も網羅的にカバーする国民経済計算年報をおいて他にはない。旧体系とはいえ、政府による公式の国民所得データが130年以前から存在する国は、数えるほどしかないはずである3。現実の社会と同時進行で基礎データを収集していなければ、後になってから、人と時間とコストをどれだけ投入しても、統計数値を作成することはできない。その意味で、日本の人口統計や国民所得統計、国民経済計算統計が長い歴史を持つことは、社会が長い繁栄の歴史を持っていることを示すものと言える。
国民経済計算の統一的な基準体系は国連が定めており、世界中の国々がそれに従っている。最新の体系は2008SNAと呼ばれるものであり、その前は93SNA、そのひとつ前の68SNAが国民所得統計から国民経済計算統計に切り替わった時のものである。日本では68SNAへの移行が1978年、93SNAへの移行が2000年に実施されたが、2008SNAについては、内閣府に設置された委員会の下で検討が続けられているところである。公表資料の形態も時代とともに変遷し、国民所得統計時代の紙媒体の統計書から(各国)、68SNA時代の途中でテキストファイルや表計算ソフト対応ファイルを収録したフロッピーディスクが併用されるようになり(OECD)、さらにその収録媒体がCD-Rへと変わり(OECD、日本など)、93SNA移行前までには多くの国のデータファイルがインターネット上に掲載されるようになっていた。
もっとも、国民経済計算体系における全ての項目について、全ての国が推計を行う訳ではなく、公表されるデータの種類や範囲は国によって大きく異なっている。様々な国の国民経済計算統計を利用してきた目で見ると、少なくとも68SNAの時代までは、日本の国民経済計算統計の充実度は際立っていた。需要面の詳細な内訳はもちろんのこと、非金融法人企業、金融機関、一般政府、家計、対家計民間非営利団体という5部門(制度部門)について、フローの勘定(所得支出勘定、資本調達勘定、金融勘定)を網羅し、キャピタル・ゲイン/ロス(調整勘定)を明示的に考慮することで、フローとストック(金融資産、実物資産、負債に関する期末貸借対照表)の間の整合性確保も早期対応済みであった。時系列データについても、68SNAの時代には、一番長い系列は1955年まで、ストック系列も1970年か1980年までは遡ることができた。利用者として抱いた唯一の不満は、OECD諸国の中では2番目に公表時期が遅いということくらいであった。93SNAに移行した後も、これらの特徴は継承されているが、幾つかの系列が過去に遡って推計されない、同一系列が連続して公表される期間が短期化するなど統計としての充実度に後退している面もあることは否めない。
諸外国に目を転じると、93SNAに移行した頃から、部門別勘定における公表項目の拡充傾向が続いている。しかも、EU諸国や韓国では、体系自体もすでに最新の2008SNAへと移行し、日本がまだ未対応の制度部門別勘定の四半期系列化を実現している。日本では2013年確報値のうちフロー系列が12月25日に公表されたばかりであるが、2008SNA移行国の多くはそれより前にフロー系列もストック系列も2013年実績値の公表を済ませている。利用者に対するデータ提供に際しても、これらの国の多くが、インターネット上で起動するオンラインデータベースから任意項目を指定して、無料でダウンロードできる仕組みを併用するなど、システム面でも一歩先を進んでいる。
このように、日本の国民経済計算統計は、内容の面でも、公表形態の面でも、世界におけるトップランナーではなくなっている。先日は、日本の家計貯蓄率が初めてマイナスになったことが注目を集めたが、むしろ憂うべきはこちらかもしれない。幸い、家計貯蓄率報道からも明らかなように、日本に住む人々がこの国の国民経済計算統計に対する関心を失った訳ではないから、後退は一時的なものかもしれない。日はまた昇るように、2008SNA移行時には再び充実がはかられることを期待したい。
(2014年12月29日「研究員の眼」)
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