2014年11月10日

中国経済の“新常態”とそれを揺るがす“4つの問題”

三尾 幸吉郎

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1―中国経済は“新常態(ニューノーマル)”へ

中国では2年半に渡り7%台の経済成長が続いている。それまでの成長率が年平均10%を超えていたのと比べると約3ポイント鈍化したことになる。一方、雇用情勢に目立った悪化は見られず、成長率が7%台に低下した2012年以降も求人倍率(都市部)の上昇傾向が続いている。

中国では、こうした成長率の鈍化を“新常態(ニューノーマル)”だとして、高速への回帰を目指すのではなく、経済の構造調整を進めて質的向上を図ることに重点を移している。習近平主席は「新たな常態に適応し、平常心を保て」と述べており、李克強首相も「新たな常態の下、構造調整など長期的問題により一層関心を払う」としている。

但し、成長率の鈍化を受入れるには条件があって、雇用の安定が下限となっているようだ。李克強首相は夏季ダボス会議で、「コントロールの下限は比較的十分な雇用」と述べており、雇用不安に陥るような成長率の低下は阻止する構えを見せている。
[図表1]実質GDP成長率

2―“新常態”へ移行した背景

1│生産年齢人口の伸び鈍化が背景
中国経済が“新常態”に移行した背景には少子高齢化の進展がある。長らく一人っ子政策を続けてきた中国では、労働力となりうる生産年齢人口(15~64歳)の伸びが落ちてきており、近々天井を迎えて減少に転じる。

生産年齢人口の伸び鈍化で、中国経済はもはや“高速”で成長することができなくなったとも言えるが、見方を換えると、新たに生み出さなければならない雇用が少なくて済み、雇用を確保する上で最低限必要となる経済成長率が“高速”から“中高速”へと低下したとも言える。

2│もうひとつの背景にバブル化
もうひとつの背景としては経済のバブル化が挙げられる。最近の中国経済を見ると、製造業は過剰生産設備を抱えるようになってきており、住宅価格は庶民の手に届かない高値に上昇してきている。即ち、無理して“高速”成長を維持したことで、経済のバブル化が進むという副作用がでてきている。

そもそも成長率は高ければ高いほど良いとは限らない。成長率が低過ぎると雇用不安などの問題を引き起こすが、無理して高くし過ぎても経済のバブル化という副作用がある。従って、身の丈にあった成長率を維持することが肝要で、雇用不安もバブル化もない最適な成長率を目指すのが中国の目指す“新常態”だと思われる。

3―“新常態”を揺るがす“4つの問題”

しかし、“中高速”の成長率を維持して“新常態”を保つのも容易なことではない。そこには“4つの問題”が立ちはだかっているからである。

1│製造業の過剰設備問題
第一に挙げられる難題が製造業の抱える過剰設備問題である。過剰設備問題をこのまま温存すると、海外でリーマンショックのような経済危機が発生した場合、中国では海外への輸出が減って、生産設備が十分稼動しなくなり、労働力が余って雇用不安に陥るリスクが高い。

一方、過剰設備問題の解消を進めれば、過剰設備とセットの過剰雇用も整理することになり、労働力が余ってやはり雇用不安に陥るリスクがある。

従って、雇用不安を回避しつつ“新常態”を維持するには、過剰設備問題の解消で生じる余剰労働力を、高付加価値分野などで新たな産業を育成し雇用を増やして吸収し、雇用へのマイナスを相殺する努力が必要となる。
 
2│住宅バブルの問題
第二に挙げられる難題が住宅バブルの問題である。当研究所で住宅価格と所得水準の関係をみたところ、商品住宅価格は年間賃金の約7.3倍、合理的とされる4~6倍よりも3割程度高い。

住宅バブルが崩壊して合理的水準まで下落すると、不動産デベロッパーの経営に打撃を与えるとともに、不良債権が増えて銀行経営にも影響が及ぶ。一方、バブルの膨張を放置しても、問題を先送りしただけで、いずれ危機が訪れることには変わりない。

従って、“新常態”を維持するためには、バブルを潰して“中高速”成長が保てなくなるのを回避し、同時にバブルを膨張させて将来に禍根を残すことも回避する必要がある。住宅バブルの度合いをゆっくりと引下げる、即ち住宅価格の上昇は許容するものの年間賃金上昇率よりは低位に抑制するという、難しい舵取りが求められる。

3│地方政府の過剰債務問題
第三に挙げられる難題が地方政府の過剰債務問題である。中国の政府性債務残高は、政府保証債務や政府に一定の救済責任がある債務を単純に合算すると約30兆元、GDP比では約53%と、国際的に見て過剰という程ではない。

但し、大気・水質汚染などに対する環境対策や、年金・医療の制度を今後充実させていくためには大規模な財政負担が必要になると見られることから、将来を見据えると財源に余裕は無い。

一方、地方政府は景気が悪化した時に、景気を支えるという重要な機能を担ってきた。特にリーマンショック後には3.4兆元の債務を増やして支えた。

中国が“新常態”を維持する上では、この機能は依然として重要である。前述の過剰生産設備の解消や住宅バブルの調整を進めれば雇用不安が高まる場面が十分想定されるからだ。現在の債務残高の大きさから見て、“中高速”成長を支える程度ならば、地方政府はまだ暫くはその機能を果たせるだろう。但し、“高速”に戻すような大型対策はもう難しいだろう。

4│シャドーバンキング問題
第四に挙げられる難題がシャドーバンキング問題である。中国ではシャドーバンキングがここ数年で急増した。

これは、金融自由化の結果として増加したもので、本来的には民間企業に資金が流れ難いという伝統的金融の弊害を打破して、資金配分の最適化を促し、実体経済に恩恵をもたらすはずのものだった。

しかし、銀行が投資家から資金を預かる際に、リスクに関する説明が不十分で、元本保証でないのに元本保証と勘違いするなどの問題や金融自由化に統計の整備が追いつかず実態の把握ができないなど問題も多々あった。

新常態”を維持するためには、今後も金融自由化を進めて、資金配分の最適化を促す必要がある。但し、募集時点でのリスク説明の徹底や金融監督当局による実態把握とその適切な公表などリスク管理の強化が欠かせない。

4―“新常態”を揺るがす“4つの問題”

この“4つの問題”は連鎖反応を起こすと悪循環に陥るという特徴がある。[図表2]に示したように、“(1)製造業の過剰設備問題”では、中国からインドなど巨大な人口を抱える後発新興国への工場移転が起こると、中国では製造企業の経営破綻が相次ぐことになり、裏付け資産の不良化で銀行融資が焦げ付くとともに“(4)シャドーバンキング問題”も深刻化する。同様に“(2)住宅バブルの問題”でも、住宅バブルが崩壊すると不動産業者の経営破綻が相次ぐことになり、裏付け資産の不良化で“(4)シャドーバンキング問題”も深刻化する。また、“(2)住宅バブルの問題”が地価にも波及するようだと土地使用権の譲渡収入に頼る地方政府に打撃を与え、“(3)地方政府の過剰債務問題”を深刻化させるとともに、景気が悪化した時に地方政府に景気を支える財源が十分に無く、また経営破綻しそうになった企業を救済することもできなくなる。そして、地方政府の支えを失えば、“(1)製造業の過剰設備問題”や“(2)住宅バブルの問題”に苦しむ企業の経営状態はさらに悪化することにもなりかねない。つまり、“4つの問題”が連鎖反応を起こすと、中国経済が悪循環に陥ってしまう恐れがある。

従って、悪循環を起こさないよう、時には4つ全ての問題を同時に処理しても、時にはある問題の処理だけに集中して他の問題は甘めに対応するなど、中国政府にはアメとムチを使い分けるような柔軟な対応も必要になる。中国政府には難しい舵取りが求められる。
[図表2]“4つのの連動関係問題”
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