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1―米経済はどこまで回復したのか
米経済のリセッションは2007年12月に始まり2009年6月に脱した。この間、2008年9月にリーマン・ショックが生じ、直後の10-12月期GDPは前期比年率8.3%減と金融危機の様相を呈した。それから5年余を経過、先日は2008年のFOMC議事録が公表され、金融危機の再検証も始まっている。
しかし、多くの経済指標が回復を見せる一方、雇用や住宅市場はリセッション前の水準を下回り、異例の金融緩和が続く。米経済は依然リセッションからの回復途上にあると言えよう。
1│回復の遅れが目立つ雇用と住宅
実質GDPについて、リセッション入り時(2007年10-12月期)を100とすると、直近の2014年10-12月期は106と回復、半面、住宅投資は83に留まるなど回復の遅れが顕著である。
雇用も回復が遅れており、リセッション前の雇用水準をなお55万人下回る (図表1)。米国では移民を含め1%弱の人口増が続く。労働対象者の6割強が雇用市場に参入すれば、毎月13万人程度の雇用増が必要となる。リセッション前の水準回復は一通過点に過ぎず、当時の失業率4.7%(2007年11月)の回復には相当な時間を要しよう。
一方、住宅関連指標をピーク比で見ると新築一戸建て住宅販売は3割強、住宅着工戸数は4割弱、中古住宅販売でも6割強に過ぎない。また、住宅価格も下落幅(ピークから35%下落)の4割程度の回復に留まる。ただ、人口の増加と共に住宅市場は拡大を続けるため、長期間に渡る住宅市場収縮の中で積み上げられた需要(ペントアップデマンド)を背景に、今後の景気の牽引役としての期待は大きい。
2│緩慢な景気回復の背景
雇用や住宅市場が個人消費に与える影響は大きい。雇用回復の遅れは所得の伸びを抑え、消費回復を弱める。
また、住宅価格や株価の変動は資産効果を通じ消費に影響する。家計資産は、リセッション前のピーク2007年7-9月期からボトムの2009年1-3月期までに16%減少(同株価は52%減)、その後は金融資産の回復が先行する一方、住宅価格の下落が続き家計資産全体が下落分を回復したのは2012年7-9月期となる。現在でも金融資産がピーク比23%増の一方、住宅資産は9%減に留まる。株式は富裕層の保有比率が高く、住宅資産の回復まで資産効果がマイナスに作用する世帯は多い (図表2)。
さらに2013年初の「財政の崖」後は富裕層や給与税の減税が打ち切られ、可処分所得を減じた。GDPの7割を占める個人消費の回復が弱ければ、緩慢な景気回復が持続せざるを得ない。
3│異例の金融緩和策が景気を下支え
FRBは2008年のリーマン・ショック後の金融危機を受けて“非伝統的金融政策“と言われる異例の緩和策を実施、現行政策は「資産購入策:QEと呼ばれる量的緩和策」と「ゼロ金利政策とフォワードガイダンス」からなる。
ゼロ金利政策は失業率目標6.5%を下回っても1~2年後のインフレ見通しが2%を0.5%以上上回らず、また2%を下回る場合も据え置かれる可能性が強いとする。ただ、1月失業率が6.6%に低下、ガイダンスの希薄化に伴いその変更が検討されている。
一方、QE政策では、2012年12月に期限を決めない形で毎月850億ドルの債券購入を決定、1年後の昨年12月には購入額の縮小(テーパリング)を決定、その後もさらに縮小された。ただ、テーパリングは緩和策の縮小であり、今後もFRBのバランスシート拡大は続く。新議長に就任したイエレン氏は、雇用回復を不十分としており、当面は、金融緩和策が維持されると思われる。
2―変化を見せる米経済
1│“製造業の復活”を目指す
オバマ大統領は、就任以来製造業の復活(製造業のルネサンスとも言われる)を推進し、特に、研究開発投資や海外進出企業の国内回帰に優遇措置を提案、輸出振興に向け中小企業を支援してきた。
2012年の一般教書では従来の製造業支援策を総括、その骨子は(1)法人税改革(国内回帰の企業優遇や法人税の引下げ)、(2)貿易協定の締結等の輸出強化、(3)インフラの再構築、等からなる。これらの施策は、その財源を現行優遇税制の撤廃や軍事支出の削減に求めたこともあって意図通りに進展していない。ただ、投資環境面では、中国等の新興国での急速な賃金上昇、シェールガス革命によるガス価格の低下など、製造業復活に向け追い風が吹いている。
こうした製造業重視の理由として2013年CEA報告では以下の点を強調する。(1)製造業の報酬は他産業より7%高く、中間層維持に欠かせない。(2)製造業の一業種を失うとその産業の将来的な発展性を失う恐れがある(自動車産業救済の根拠の一つ)。(3)海外OEM(相手先ブランド製造)はサプライヤーを鍛え、他国企業への商品供給を通じてライバルを利すると共に、輸出競争力の低下を招く。
2│“シェールガス革命”の進行
米国では、新技術の開発で高深度のシェール層のガス採掘が可能となり、“シェールガス革命”が進行している。
一方、生産増でガス価格が急落、高コストのガス田を抱えた会社の倒産も生じている。天然ガスの場合、パイプラインによる輸送が中心となるが、海外輸出では液化施設や専用船等、時間とコストを要する。そのため、海外との価格差は大きく、米国の生産地価格は、欧州の輸入価格の1/3、日本の1/5と低く、今後も一定の価格差が残される。また、天然ガスの埋蔵量は消費の100年分とされ、豊富で低価格の天然ガスを利用できる米製造業の優位性は大きい。
昨年11月発表のIEA(国際エネルギー機関)報告では「ロシアの生産次第では2013年中に最大の産出国となり、2035年にはエネルギーの国内自給が可能」と指摘しているが、米エネルギー庁(EIA)の見通しでは2035年のエネルギー自給率は90%とするなど、IEAほど楽観的ではない(図表3)。
現在の米国の輸入額中の石油シェアは2割、貿易赤字額では4割を占める。石油・ガス生産の拡大により、今後の貿易収支の大幅な改善と、エネルギー価格安定による物価への寄与が期待されるなど、マクロ面への影響も大きい。
3│“オバマノミクス”に光明も
金融危機の最中に誕生したオバマ政権であるが、2010年の中間選挙敗北後は共和党との対立が強まり、2013年初の「財政の崖」では給与税減税の失効と強制歳出削減の実施、さらに10月には一時的な政府閉鎖に追い込まれた。
ただ、迷走気味のオバマノミクスにも係わらず、米経済は回復に向かっている。結果的には「財政の崖」後の増税と強制歳出削減が財政赤字を縮小させており、シェールガス革命による貿易収支改善が進めば、長らく米経済の代名詞とされた「双子の赤字」や純債務国からの脱出への期待を高める。オバマ政権が掲げた輸出倍増計画や製造業復興政策等では十分な成果が見られないものの、貿易赤字、財政赤字とも縮小傾向にあるなど双子の赤字の改善には一定の評価を得られよう。
従来米国では、景気回復に伴い経常赤字が拡大していたが、シェール革命の寄与で経常赤字の改善傾向が維持できれば、米経済はこれまでと異なった道を歩むことも可能となる。こうした先行きには政策次第の面も強い。持続的な成長を目指すのか、これまでのような景気過熱を招くのか、選択肢はその時の政治・社会状況(例えば選挙が近いとか)にも左右される。ただ、オバマノミクスが迷走しようと、景気回復と共に「双子の赤字」が縮小に向かえば、米経済の先行きには期待が持てる。シェールガス革命をその呼び水と出来るかがキーポイントとなることは言うまでもない。
(2014年04月07日「基礎研マンスリー」)
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