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- 「大正10年における乳幼児死亡率改善」と「後藤新平」-専門知とは何か
謎かけ噺のようで申し訳ないが、少しおつきあい願いたい。
生命保険会社の運営基盤として死亡率表(生命表)は特に重要なものだが、死亡率の数字そのものからは読み取りにくい色々な物語がそこには隠されているのだろう。最近、死亡率に関係するちょっと面白い話1に出会ったので紹介してみたい。
私は、明治以降、死亡率は単調に改善してきたと漠然と思っていた(戦争による要因は除外)。たぶん皆さんもそうお考えかもしれない。しかし、これは事実ではない。統計によれば、少なくとも明治末期から大正10年までは、乳幼児死亡率が上昇し、これに伴い平均余命は縮小していた(今では想像もできないが、大正10年の乳幼児死亡は30万人を超えており、平均余命への影響も大きかった)。それが、大正10年を境に、乳幼児死亡率、平均余命ともに改善に向かったのである。
なぜ悪化してきたのか、そして大正10年を境になぜ改善に向かったのかという謎の解明に、その本の著者は取り組んだが、直ぐには果たせなかったようだ。ところが、偶然見学した「東京都水道100周年記念展」において、「大正10年、東京市で水道の塩素殺菌が始まる」との展示を知り、その前で足が凍りついたという。
水道が開始されてから、塩素殺菌を始めるまで実は30年を要しているが、その間、人々の利便性を高める一方で、結果として水道が細菌を運搬していたのである。それだけが原因でもなかろうが、抵抗力の弱い乳幼児はその犠牲になっていたのだろう、と言う。
しかし、なぜ30年も殺菌されなかったのか、そして塩素殺菌が導入されたのはなぜか、と著者は問い続ける。
執念の果てに、友人を介して、とある社の社史から次のような経緯を知ることになる。
・ 塩素殺菌の導入は、いわば軍事技術の民間転用であった。
・ というのは、シベリア出兵(大正7年開始)を機に開発された毒ガスとしての液体塩素は、早過ぎる出兵終了に伴い、お蔵入りとなったが、これが民生利用として水道水の殺菌に転用されたのである。(液体化に伴い、微細な量的調整が可能となった)
そして、この民生利用を進めたのは、時の東京市長、後藤新平2ではなかったかと推理するのである。
・ 毒ガスに関する情報は軍事機密であったが、後藤は、シベリア出兵時の外務大臣であり、シベリアに赴いている。当然、それを知る立場にあった。
・ 政治家後藤は、若き日ドイツに留学し、コッホ研究所で細菌に関する研究を行っている。帰国後に博士号を取得した学者でもあった。「細菌学の権威が東京市長だった」のである。
著者は、「後藤が液体塩素を使って水道水を殺菌すべきと考えたのは必然であった」とされている。真偽のほど3は確認する術もないが、謎解きの話としてなかなかにスリリングであった。何よりも、上記の推測が正しいとすれば、リーダーの専門知が社会に大きく貢献した例として長く記憶されてよいだろう。
さて、時は移り、わが国は世界に先駆けて超高齢社会を迎えている。厳しい財政状況のなかで、社会保障のしくみをいかに改善し、諸制約との折り合いをつけるのか、地方と呼ぶには特別過ぎるが、首都東京が果たす役割は極めて大きい。
こうした課題を考えるとき、新東京都知事は厚生労働大臣としての実績、経験もあり、最も適任な方と言えるかもしれない。歴史に残る東京都づくりに期待したい。
(2014年04月07日「基礎研マンスリー」)
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