コラム
2013年03月18日

クルマ離れと義務教育の関係 ―中学校技術科教育の学習内容の変遷―

中村 昭

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先日、『三世代の男旅』と称して、私と90歳になる父親、26歳の長男、23歳の次男の家族4人で湯河原の旅館に一泊ドライブ旅行に行きました。いつものとおり、メインドライバーは私です。長男も次男も運転免許を保有しているのですが、クルマの運転にあまり興味がないようで、主に私がハンドルを握ることとなります。『若者のクルマ離れ』と言われ始めてもう久しいですが、我が家も同じ状況です。

私(56歳)の世代は、それこそクルマ大好き世代でした。大学に入学するやいなや、競って運転免許を取得し、親のクルマや中古車などを何とか手に入れて、暇さえあればドライブしていました。大学時代の親しい友人は、クルマの駐車場代を捻出するために、駅から遠い風呂なしの木造アパート(アパート家賃のほうが駐車場代よりも安かった!)に住んで、クルマに乗って遠くの銭湯へ通っていました。銭湯へのマイカー通いとは、豪勢なのか貧乏なのかよくわからない話ですが、クルマのほうが人間よりも家賃の高い所に住んでいたわけです。

さて、そのドライブ旅行の折に、親子でかわしましたよもやま話の中から、とても驚くべき事実が判明しました。それは、私の世代の受けてきたクルマに関する義務教育を、彼らの世代は、まったく受けていなかったという驚愕の事実です。
   ドライブ中ですから、なんとなくクルマの話題となりまして、『私が始めて乗ったクルマは1500ccのSOHCだった』とか、『ロータリーエンジンも人気があった』といった類の話をしましても、今ひとつ反応が良くありません。そこで、『中学校の技術科の授業で、ガソリンエンジンの仕組みについて習っただろう?』とたしなめますと、なんと、予想に反して、長男も次男も『まったく習ったことがない』との回答でした。
   私が中学生の頃、ガソリンエンジンの仕組みの授業は、男子生徒に最も人気のある授業でした。中学校の技術科教室に並べてある教育用のエンジン切断模型や、実習用のエンジン組み立て模型の姿をみて、その神々しいまでのオーラに男子は胸をときめかせていました。日頃、あまり勉強に興味がなかった生徒でも、この授業だけは別物で、『吸入→圧縮→燃焼→排気』という4サイクルエンジンのメカニズムを誰もがそらんじたものでした。その授業が消滅しているとは、本当に驚きました。

そこで、中学校技術科教育の学習内容の変遷について調べてみました。私は1956年うまれなので、1962年施行の第2次学習指導要領のカリキュラムで学習していたようですが、1981年施行の第4次学習指導要領までは、男子は技術科、女子は家庭科の分離教育の時代であり、男子にはガソリンエンジンの仕組みの授業が行われていたようです。しかし、1993年施行の第5次学習指導要領以降、2002年施行の第6次学習指導要領(いわゆる“ゆとり教育”)、2012年施行の現行第7次学習指導要領(いわゆる“脱ゆとり教育”)にいたっても、エンジンの仕組みについての教育はなされていません。(一方で、IT関連の教育など、私の時代には影も形もなかった新しい技術分野について、基礎教育がなされています。)つまり、私が世間の男性の常識だと思っていた『ガソリンエンジンのメカニズムの知識』は、現在30代後半以降の男性(第4次学習指導要領履修者まで)にしか通じない常識だったのです!

知識がなければ、関心は生まれにくいと思うのですが、実際にそれを示唆する調査結果があります。日本自動車工業会が2008年度に実施した「乗用車市場動向調査」によれば、若い男性のクルマに対する関心度が低下している一方、若い女性の関心度は逆に上昇していて、若い世代になるほど関心度の男女差が小さくなっていることがわかります。


世代別、男女別、クルマに対する関心度


調査にある「以前の大学生(現40~50代)」は、男性のみがエンジン教育を受けた世代であり、クルマに対する関心度の男女差は24.7ポイントもあります。次の、「以前の大学生(現20~30代)」は、男性のみがエンジン教育を受けた30代の世代と、男女ともにエンジン教育を受けていない20代の世代が混在していて、関心度の男女差は14.7ポイントまで減少しています。そして、「現大学生(エントリー世代)」は、男女ともに全員がエンジン教育を受けていない世代なので、関心度の男女差はさらに減少して、8.6ポイントの差しかありません。

女性のクルマに対する関心度は若い世代ほど高いという調査結果からみれば、『若者のクルマ離れ』は男性のみに起きている現象のようです。これまで『若者のクルマ離れ』については、若年層の購買力低下という経済的要因、若年層の趣味の多様化とライフスタイルの変化という生活的要因などにより説明されてきました。しかし、男性のみに起きている現象であると捉えると、私の世代の男性と若者世代の男性との間に存在する、『ガソリンエンジンのメカニズムの知識』の有無という教育的要因が、大きな影響をもたらしている可能性が考えられます。
   草食系男子の起源も、こういったメカニズム教育の減衰に端を発するような気がしてなりません。クルマのメカニズム自体に関する啓蒙教育の重要性について、再検討が必要ではないでしょうか。

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