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- 森の中に佇む100棟の劇場-徳島の文化資源に日本の未来を見る
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10月から開催されてきた第27回国民文化祭・とくしま2012(*1)、12月16日に「あっ!わぁ!発見フォーラム」が開催され、フィナーレを迎えた。国民文化祭は、1986年の東京都を皮切りに毎年都道府県の持ち回りで実施されてきたが、徳島県は2007年にも「おどる国文祭」を開催している。47都道府県で国民文化祭を2度開催するのは徳島が初めてだ。
今回の重要なテーマのひとつが文化による地域の活性化で、阿波藍、阿波人形浄瑠璃、阿波おどり、ベートーベン「第九」の4つのモチーフが、徳島を代表する文化資源として選ばれた。実は、2007年の国民文化祭でも、これら4つのモチーフに関する事業が重点的に実施された。それを一過性のイベントに終わらせないため、翌年「文化立県とくしま推進基金」を設置し、国文祭の成果を継承・発展させる取り組みを行ってきた。2012年はその集大成として再び国民文化祭を実施したのである。
阿波おどりは今や全国に広がった日本を代表する盆踊りだ。高円寺や越谷などでも、毎年たいへんな盛り上がりを見せている。本場徳島では、毎夏4日間の開催期間中、徳島市内だけで約10万人が踊りに繰り出し、130万人の観光客が県内外から訪れる。
年末になり、今年も第九の演奏会が各地で開かれている。映画「バルトの楽園」をご覧になった方ならご存じだろうが、第九の日本初演の地は徳島の鳴門である。第一次大戦中のドイツ人捕虜兵の収容所で、所長の松山豊寿は捕虜兵を人道的に扱い、捕虜の楽団がアジアで初めて「第九」を演奏した。
阿波藍は江戸時代、蜂須賀侯が地元産業として振興したもので、明治にかけて繁栄を極め、「藍と言えば、阿波」と言われるほどになった。しかし、明治の中頃からインド藍や合成藍の輸入により生産量は激減し、ピーク時に2,300軒以上あった徳島の藍師も、今では5軒となってしまった。国文祭ではその阿波藍の魅力を再発見するプログラムが実施された。
そして4つの文化的モチーフの中で、筆者が最も注目しているのが、阿波人形浄瑠璃とその活動拠点となった農村舞台である。人形浄瑠璃は江戸初期、17世紀初めに、三味線の伴奏で語られる義太夫節の浄瑠璃と人形芝居が結び付いて生まれた芸能である。県内各地で住民によって人形座がつくられ、秋祭りなどに農村舞台で人形浄瑠璃を上演するようになった。その後、藍の栽培によって富を得た豪農たちが人形浄瑠璃を支援し、自らも浄瑠璃を語るなど、京都や大坂で人形浄瑠璃の人気が下火になった後も、徳島ではますます盛んになったという。その全盛期は明治10~20年頃で、人形座の数は70を超えた。同時に、1~2人で巡業する「箱廻し」によって、徳島から全国津々浦々まで人形浄瑠璃の面白さが普及された。
江戸から明治にかけて、全国各地には2,000棟近い農村舞台が存在していたという(*2)。現在のいわゆる公共ホールの数は約3,000館。江戸時代の人口が約3,000万人だったことを考えれば、当時の方が、舞台芸術は今よりも遙かに日常の暮らしに近い存在だったことが伺える。
農村舞台は、五穀豊穣を願い、豊作を祝うため神社の境内の一角に建立され、農民自身の手によって歌舞伎や浄瑠璃が奉納された。徳島の農村舞台は、そのほとんどが人形浄瑠璃の舞台であるのが特徴だ。兵庫県や愛知県、長野県などでは、比較的多くの農村舞台が残されているが、残念ながら今ではその大半が現存していない。しかし、徳島県内には100棟近い舞台が存在している。おそらく全国一の数だろう。長年使われず、痛みのひどいものも多いが、2007年の国民文化祭をきっかけに、そのうちの何棟かが改修・整備された。
今回の国民文化祭では「人形浄瑠璃街道」と題し、神山町の小野さくら野舞台、那賀町の北川舞台、徳島市八多町の犬飼農村舞台などで、10数回の公演が行われた。さらに、那賀町の8つの舞台を会場に11名のアーティストが現代アートを創作、設置するプロジェクトも実施された。
農村舞台での人形浄瑠璃や美術作品の体験は、大都市の劇場や美術館での鑑賞とは比べられない何かを私たちに提供してくれる。新潟県の豪雪地帯で開催される大地の芸術祭・越後妻有トリエンナーレ、瀬戸内の離島群を舞台にした瀬戸内国際芸術祭。この二つの催しは、いずれも農山村、漁村など芸術と縁遠い場所で開催される現代美術祭だが、今や、その存在は世界中に知られている。
森の中に佇む100棟の農村舞台。その貴重な文化資源の活用は、日本ならではの文化的な営みを国際的にアピールできる可能性を秘めていることは間違いない。2回の国民文化祭の取り組みが、今後も継承、発展することを大いに期待したい。
(2012年12月27日「研究員の眼」)
吉本 光宏 (よしもと みつひろ)
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