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- 日本で死語となった「赤信号みんなで渡れば怖くない」が今なぜ中国で復活したのか?
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今から約30年前の1980年、日本では「赤信号みんなで渡れば怖くない」という言葉が流行語となった。当時活躍していたツービート(映画監督としても有名になったビートたけし(本名:北野武)とビートきよしによる漫才コンビ)が流行らせた懐かしいギャグである。これが今年10月、中国でも脚光を浴びた。中国語版ウィキぺディア「互動百科」が12月11日に発表した10大ネット流行語に「中国式過馬路(中国式道路横断)」が入ったのである。あるネットユーザーが「赤信号みんなで渡れば怖くない。信号なんて有っても無くても関係ない」と投稿したのがキッカケといわれる。その後も様々な意見がネット上で飛び交う中で、「中国人は集団になると規則を守らない」という意見が浮上、赤信号を無視して集団で道路を横断する現象を「中国式過馬路」と呼ぶようになったようだ。
日本では既に死語となった今なぜ中国で復活したのだろうか。まず思いつくのは、中国では最近クルマが急増していることがある。中国国家統計局が公表した統計によると、都市部の乗用車保有台数は百世帯あたり18.58台(2011年)と、10年前の0.6台と比べるとすさまじい勢いで普及している。掲載した図表は、日本の百世帯あたり乗用車保有台数の推移の上に、38年遅らせる形で中国(北京市)の推移を重ね合わせてみたものである。これを見ると、近年の中国(北京市)の乗用車保有台数は、日本が高度経済成長期にあった1960年代から1970年代前半にかけてのような増え方をしている。その後の日本では、バブルがピークを迎える1990年にかけて、毎年平均4台のピッチで乗用車保有台数が増えて行き、社会にクルマが浸透するのに伴って、交通事故、交通渋滞、騒音問題、違法駐車などクルマと人が対立する場面も増えて行った。中国では今、日本が1980年前後に経験したようにクルマと人の関係をいかに調整するかが課題となっているのだろう。
また、中国で深刻化した所得格差も背景のひとつと考えられる。中国青年報が実施したオンライン調査によると、中国の社会では「譲る」という精神を尊ぶ心が過去のものとなり、回答者の約6割が「譲る者はバカを見る」という見方に賛同したという。中国では、先に豊かになった者が高級車を乗り回す一方、一般庶民にとってクルマはまだ高根の花である。豊かになれる者が先に豊かになるのは「良いこと」とされる中国だが、先に豊かになった者はその富を独り占めせず、まだ貧しい人々に配分しなければならないことになっている。しかし、現実はそうではない。そこで、「譲る者はバカを見る」という感覚が広まり、富裕層が乗るクルマの走行を、一般庶民が集団で阻止するという行為が、広く共感を得ることになったのではないかと思う。
また、なぜ中国なのかという点も興味深い。例えば、筆者が以前暮らしていたことがある米国で流行るかと考えると難しそうである。米国でも赤信号を守らず道路を横断する人は多い。しかし、自己責任原則の発達した米国では、他人がどうであれ、自分が安全と判断すれば赤信号でも渡るし、危険と判断すれば青信号でも渡らない。人種の坩堝(るつぼ)と言われる米国では、同郷の仲間が一団となって「赤信号みんなで渡れば怖くない」というような行為をすることは十分ありえるだろう。しかし、見ず知らずの他人が渡っているから「自分も」とはなりにくい。「ルール違反」という悪事を「みんなでやる」ことは群集心理による「甘え」でしかなく、嘲笑の対象とはなっても、楽しく笑えるような含意はでてこない。
そもそも、日本で「赤信号みんなで渡れば怖くない」が流行した背景には、日本人には「みんなでやる」こと自体に価値を見出すことがあると思う。「正論を吐く」という言葉があるが、正論という道理に適った正しい議論でも、吐くという悪い言葉とともに使われて、正しい事でも相手を思いやりながら発言しないと、和を乱すことになり、良事が悪事に変わってしまう。「和を以って尊しとなす(和為貴)」の心が根本にあるのだろう。赤信号を無視して渡るという悪事に関しても、みんながそうしていると一瞬、和を乱すのではとの恐れが心をよぎるため、笑える含意を持ったのだろう。「和為貴」が中国の古典「礼記」に語源があるように、中国人にも「みんなでやる」ことに価値を見出すところがある。そして、それが中国で「赤信号みんなで渡れば怖くない」が復活した背景のひとつと思われる。
日本でも、他人の目を気にせず、自己責任で赤信号を無視して横断する人は増えた。そして「赤信号みんなで渡れば怖くない」も死語となった。それでも、米国を訪問して、道路を横断しようかと左右を見回すと、目が合うのは日本人か中国人(又は韓国人)という状況に大きな変化はない。日本と中国には戦争という消せない歴史的事実があり、いまだに領土問題をめぐる対立が続いている。しかし、中国と日本には2千年に及ぶ長い友好の歴史もあり、好むと好まざるとにかかわらず、心のどこかに共通点を残しているように思われてならない。
(2012年12月27日「研究員の眼」)
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