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- 日本海を北上する「種は船」プロジェクト-朝顔の種から生まれた小船に託された夢
一風変わった小船が、今、新潟を目指して日本海を北上している。アーティストの日比野克彦さん監修の「種は船」プロジェクトで生まれた「TANeFUNe」である。
舞鶴を出港したのは今年の5月19日。その後航海を続け、能登半島も無事に越えて本日(7月23日)時点で富山県滑川市滑川漁港までたどり着いている。この船の誕生のルーツは2003年、新潟県莇平(あざみひら)の廃校になった小学校である。大地の芸術祭「越後妻有アートトリエンナーレ」の一環として、日比野さんが小学校周辺の20戸の集落の住民たちと朝顔を育てたことがきっかけだ。一見何の関係もない朝顔から船が誕生するまでには、長いストーリーがある。
今年9回目を迎えるこのトリエンナーレは、世界有数の豪雪地帯、新潟県の越後妻有地区で2000年に始まった現代美術の祭典で、今や世界中に知られている。その第2回に参加した日比野さんと、地元のおばあちゃんとの会話の中から一緒に花を育てるプロジェクトが生まれた。廃校の屋根まで180本のロープが張られ、校舎は朝顔で覆い尽くされた。
それは「明後日朝顔プロジェクト」と名付けられ、その朝顔から採れた種で、翌年も同じプロジェクトを展開。その基本理念は日比野さん自身の詩にしたためられている。
種は、まだ見ぬ先へ想いを馳せている。
種は、時を越える事の出来る乗り物である。
種は、見知らぬ土地に行く事ができる船である。(以下略)(日比野克彦)
その後、このプロジェクトは水戸、福岡、太宰府、岐阜、金沢、北本(埼玉県)、舞鶴、鹿児島など2008年には全国17地域に広がった。そうした中で、「朝顔の種は船のようだ」という日比野さんの着想から「種は船」の構想が生まれた。07年金沢で種の形をした船を製作、08年には横浜で開港150周年に向けて4隻の船を海に浮かべ、09年の鹿児島では太陽丸と月丸と名付けられた2隻が皆既日食の際に海の上で出会った。
2010年からは舞鶴に舞台を移して「種は船~航海プロジェクト」が始まった。10年には地元の子どもたちや市民と一緒に自走式の実物大の模型船「舞鶴丸」を作り上げた。11年に地元造船所の協力を得て、自走船「TANeFUNe」を製作、12年5月に無事出港を果たした。舞鶴での3年間のプロジェクトを推進したのは「まいづるRB」というアートNPO、そして船づくりのワークショップ・リーダーはアーティストの五十嵐靖晃さんだ。
舞鶴港を出て日本海に向かう「TANeFUNe」。朝顔の種の形が印象的だ。
全長6メートル、幅3.5メートルの船は、京都、福井、石川、富山、新潟の5県、40カ所以上の港に寄港しながら、8月上旬に新潟港への入港を目指している。同月中旬には、クルーが「種は船」プロジェクト発祥の地、新潟県莇平での「TANeFUNe」イベントに参加、里帰りの予定だ。
そもそもこのプロジェクトの目的は「沿岸部の人と人・地域と地域をつなぎながら、海や船を通じて見えてくる地域や文化の豊かさ、多様性を見つけていくこと」。「種の形をした船が、次なる時代の幸せを考えるきっかけを芽生えさせる」という願いが込められている(※)。
筆者も2ヶ月前の出港式に参加させていただいた。自分の「好き」を船にする絵画コンクールの表彰式に続いて、地元神主さんを迎えての安全航海祈願祭。日比野さんらによって「種は船」の物語に関するトークが行われ、午後1時前、大勢の人たちに見送られての出港だった。
日本海軍の拠点だった舞鶴は、今も海上自衛隊の重要な基地となっている。東日本大震災の際には、数多くの自衛隊員が艦船で被災地に出向いたという。威容を誇るイージス艦の前を通過する「TANeFUNe」の姿。それだけで様々なことを考えさせられる。出港の3日後には、再稼働で注目される大飯原発の沖合も通過した。高浜、美浜、敦賀、志賀、柏崎、航海ルートは原発銀座と重なる。
それとは対照的に、Webで公開中の航海日誌では、寄港地での人と人との新たな出会いや、地域の魅力が語られる。海から見える景色や自然の豊かさも伝わってくる。
9年前に新潟の山間地で採れた朝顔の種。そこから生まれた小さな船は、私たちが忘れてしまった大切なものを乗せて、まだ見ぬ夢を追いかけている。
※ 種は船:http://tanefune.com/
(2012年07月23日「研究員の眼」)
吉本 光宏 (よしもと みつひろ)
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