コラム
2010年10月18日

イクメン・ブームに見る、「ずらし」のマーケティング

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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「パパもOK!」「お父さんの育児参加」

これは、某大手乳幼児向け商品メーカーの乳幼児用おしりふき、「水99%のおしりふき 厚手タイプ」のキャッチコピーである。同商品の特長は、通常の商品より厚みがあり、純水を多く含むことだ。つまり、キャッチコピーの意味は、乳幼児のおむつ替えの際、おしりふきに抵抗を感じる父親でも、ウェットティッシュの厚みによって、汚物を処理する感触を感じにくいから安心して使えるということなのだろう。さらに、同社通販サイトの商品説明文には、父親はもちろん、手早くおむつ交換をしたい母親にも使いやすいという説明もある。しかし、本来強く訴求したかった点は、商品名の「水99%」や、パッケージには「新生児から」という表記もあることから、防腐剤や殺菌剤を必要最小限に抑えて純水量を増やしたことで、肌がデリケートな新生児にも使えるということだったのかもしれない。

いずれの特長を打ち出すにしろ、乳幼児用おしりふきマーケットは顧客層が限定的であることは容易に想像がつく。しかし、現在、このマーケットには、少なくとも30種類の国産商品が存在する。それだけでなく、いくつかの商品においては、携帯性や水分量、厚み、枚数などのバリエーションが存在する。ただし、その中で父親の使用をうたったものは冒頭商品のみのようだ。

ところで、イクメンとは、育児を積極的に行う男性のことである。2009年頃から世の中で使われ出し、2010年6月には、厚生労働省による「イクメンプロジェクト」が始動した。同プロジェクトは、男性の育児参加や育児休業取得の促進を目的とし、育児を楽しむことを通じて自分自身も成長し、家族や会社、社会に対しても良い影響を与えていくというコンセプトを掲げている(※1)。

同プロジェクトをきっかけに、現在、イクメン・ブームが到来しつつあるようだ。自治体や企業のイベントにおいて、イクメンと銘打ったものを目にする機会が増え、ニュースや雑誌でも育児を積極的に行う男性への注目が高まっている。例えば、ランキングで有名なオリコンでは「育児に関する意識調査」において、イクメンとして、男性タレントなどを選出している(※2)。また、イクメン男性有名人の特集を掲載する男性ファッション誌も登場している(※3)。

従来は、冒頭のような乳幼児用商品の顧客は、乳幼児を抱える母親であり、専業主婦の割合が高かった。しかし、イクメン・ブームの到来や、1997年に共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回り、その後も増加し続けていることにより(※4)、各家庭における父親が育児を行う度合いの差はあれども、父親が乳幼児商品を購入する機会は増加していると言える。よって、乳幼児商品の顧客層には、従来の専業主婦層のほか、共働き世帯層や父親達が入ってくる。多数の類似商品が存在するマーケットの中で抜きん出るには、このような顧客の変化を捉え、いかに顧客の目を引いていくかが重要である。

また、今日の日本の消費市場はコモディティ化が進んでおり、多くの商品が、この乳幼児用おしりふき商品と同様の状況だ。特に、一定の技術革新を成し遂げて成熟したマーケットでは、マーケティングの工夫が明暗を分けることが多く、競合商品と重なり合ったポジションをいかに「ずらし」、いかに消費者の目を引きやすくするか、そしてその「ずらし」をいかにタイムリーに実行していくかが鍵となる。また、今までの軸を「ずらす」ことによって、同じ商品でも新たな可能性が開けてくる。冒頭商品は、顧客の変容に合わせて商品のポジションをうまく「ずらす」ことで独自性を打ち出せており、マーケティングの好例として見習いたいものである。
 
 
※1:厚生労働省, 報道発表資料 “育児を楽しむ男たちが社会へ発信!新プロジェクト始動”, 2010/6/14
※2:オリコン・コミュニケーションズ株式会社, “親が選ぶ理想の“イクメン”、1位つるの剛士”, 2010/9/16
※3:集英社, “イクメンたちのオレ流子育て”, Men’s LEE LEE2010年11月号増刊
※4:内閣府,“男女共同参画白書”, 平成21年版
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

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