コラム
2009年05月11日

プライマリーバランス黒字化目標の行方

石川 達哉

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先般、国会提出された補正予算案では、一般会計における国債増発額は10.8兆円にとどまり、補正後ベースの国債発行額は44.1兆円と税収の46.1兆円をかろうじて下回ることとなった。税収の減額補正は行われなかったが、政府の経済見通しが-3.3%成長へと下方修正されたことから容易に想像できるように、当初予算通りの税収が実現する可能性は低く、決算段階では国債発行額が税収を上回ると見てよいだろう。もし、財政投融資特別会計からの繰入金3.1兆円がなければ、補正後ベースでも国債発行額が税収を1兆円上回るはずである。その繰入れの原資は金利変動準備金であり、こうした「埋蔵金活用」、すなわち積立金(準備金)取り崩しは2008年度補正予算や2009年度当初予算でも行われているため、金利変動準備金は今年度末には3兆円程度にまで減少すると見られる。このように特別会計の積立金取り崩しにも限度があり、また、政府の純債務の変化という観点で捉えれば、そもそも赤字国債の発行も、特別会計の積立金取り崩しも本質的には違わない。いずれにしても、歳入に占める税収の割合が1/2を割り、ほぼ同額の国債発行が行われるというのは初めてのことである。

現在、日本に限らず、世界的な景気後退と金融危機への対応として、大規模な財政支出を伴う対策を講じている国は少なくない。米国、英国、ユーロ地域では政策金利も大幅に引き下げられたにもかかわらず、長期金利がさほど低下していないのは、危機からの脱却が確認される前の段階から、累増する政府債務を市場が問題視しているためだと解釈できるだろう。

日本の場合、昨年末に閣議決定された「中期プログラム」において、当面は景気回復を最優先する一方で、経済状況が好転した後は税制の抜本改革を含めて財政再建に取り組む方針が明示されており、危機への対応を行いつつも財政規律は維持するということになっている。特に、抜本的な税制改革の道筋については、3月末公布の「所得税法等の一部を改正する法律」の中に盛り込まれたほどである。国債の発行計画が明らかにされた後も、国債市場で目立った混乱が見られない理由のひとつは、こうした基本姿勢が市場から相応に評価されているからだと言えるかもしれない。

しかし、火種は残っている。特に、気に懸かるのは、国と地方のプライマリーバランス目標である。国の一般会計において、2009年度補正後のプライマリーバランス赤字は23.8兆円と、これまでの赤字最大額だった2003年度決算における16.6兆円を7.2兆円も上回っている。経済財政諮問会議での議論を経て、初めてプライマリーバランス目標が掲げられた2001年度の実績値が11.1兆円の赤字だったから、プライマリーバランス黒字化への道のりはきわめて険しいと言わざるを得ない。

前述の「中期プログラム」においても、2011年度までに黒字化を達成することが困難になりつつあると認めている。そのうえで、目標達成時期が遅れる場合であっても、その遅れをできる限り短くするよう財政健全化に取り組むとの方針が示されている。

このように、政府の基本姿勢は揺らいではいない。もし、安易にプライマリーバランス目標を見直せば、目標を形骸化させることにもなるだろう。しかし、今のままで仕切り直しをしなければ、2011年度が近づくにつれて、仕切り直ししないこと自体が中長期的に財政健全化に取り組むという方針の説得力を失わせかねない。一部では、この目標に言及するだけで興ざめするような雰囲気が既に漂っていると言ったら、言い過ぎだろうか。

惜しまれるのは、景気後退期などを念頭において、一定の条件の下でプライマリーバランス黒字化目標への取組みを一時的に休止するという「弾力条項」の導入が、諮問会議などの場でかつて議論されながら、導入には至らなかったことである。重要なのは、一定の条件という部分である。実質GDP成長率など客観的な経済指標に基づいて、弾力条項の適用や適用解除の条件を設定しておけば、経済状況が好転した後に財政健全化への取組みを再開することが担保されるであろうし、目標達成年限を延長する場合でも、取組み休止期間の長さが目安になると考えられるからである。弾力条項が機能していれば、目標を放棄すべしとか、プライマリーバランスの黒字化を目標から降ろすべしというように、枠組みを根幹から覆そうとする動きはおそらく出てこなかっただろう。

いずれにしても、6月に策定される見込みの「基本方針2009」では、プライマリーバランス目標への言及は避けて通れない。仕切り直しするのか、しないのか、あるいは、どのように仕切り直しするのか、要注目である。
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