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生活保護世帯が2割を占める60歳代の単身男子

石川 達哉
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このように単身世帯が経済的に困窮しやすいのは、家族とともに生活すること自体に、経済的変動に対するリスクシェアリングの機能が備わっていることと、裏表の関係にある。世帯内に就労可能な人間が複数いる場合は当然としても、たとえそうでなくても、精神的に支え合うことのできる存在があれば、仕事や健康維持にもプラスに働くはずである。生涯未婚の人や早くに離婚した人が長年にわたって単身生活を続ける場合と家族と一緒の生活を続ける場合とを比較すれば、所得や資産形成の面で後者が有利なのは確かであろう。
家族世帯の強みはそればかりではない。家族の絆の強さとは全く関係なく、単純に世帯内に就労可能な人間が複数いるということだけで、勤労収入ゼロという最悪の事態に陥る可能性が格段に低くなるのである。
例えば、「失業しなければ年収500万円、失業の確率は10%」という状況が単身世帯と共働きの夫婦世帯とに当てはまる状況を考えてみよう。世帯員1人当たりの年収の期待値が450万円となることは、両方の世帯に共通している。だが、単身世帯の場合は「世帯年収がゼロとなる確率が10%、500万円の確率は90%」であるのに対して、夫婦世帯の場合は「世帯年収がゼロとなる確率が1%、500万円の確率は18%、1000万円の確率は81%」である。夫婦世帯に限らず、就業可能人員が二人以上いる世帯では全員が収入を得る可能性は単身世帯より少し低いかわり、収入ゼロという事態に陥る可能性も低いのである。誰かと生活をともにすること自体に保険の機能が内在していると言ってよい。
家族の関係が変わり、世帯規模が縮小するなかで、家族と同居していれば働くはずの保険機能が期待できない単身世帯に対して、生活保護という形にせよ、セーフティネットが働いていることは評価すべきかもしれない。しかし、老後の生活資金として万人に一定以上の水準を保障するための仕組みとしては、本来、公的年金制度があるはずである。実際、生活保護を受けている高齢者の多くは公的年金も受給している。したがって、その給付額のみでは十分ではなく、取り崩し可能な保有資産も多くはなく、親族などからの援助も得られないという条件が重なって、生活保護が適用されていることになる。もちろん、健康面、その他の面で特別な事情があって、通常の金額では生活を賄えないというケースもそこには含まれているであろう。それでも、60歳代の単身男子の2割にも及ぶ人々が生活保護を受けているという事実は、あまりにも重い。
60歳代男子単身世帯において被保護世帯が増加した理由としては、2001年度以降、公的年金の支給開始年齢の段階的引き上げが男子から始まり、60歳代前半に受給できる老齢年金が、原則的として厚生年金の報酬比例部分のみになったことが挙げられる。事前にわかっていたこととは言え、60歳代前半の公的年金が減額された影響は決して小さなくないだろう。
将来的には公的年金はすべて65歳支給開始が基本となり、他方ではマクロ経済スライドの適用も始まるであろうから、これから60歳を迎える世代が公的年金を頼れる度合いはますます低下するはずである。しかも、後に生まれた世代になればなるほど、生涯未婚の人や離婚した後再婚しない人の割合が高く、単身高齢者の割合は今後一層高まるはずである。制度を変えなければ、公的年金制度や医療保険制度などからの給付を受けたうえで、生活保護に依存せざるを得ない人は現在よりも更に多くなると考えざるを得ない。
ちなみに、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、2030年には60歳以上の単身世帯が892万世帯、60歳代男子単身世帯に限っても、187万世帯に達する見込みである。その1割、ないしは2割が生活保護を受けることになった場合、年金や医療・介護のための負担が現在よりもはるかに重くなっている状況で、社会として支え続けることはできるのだろうか。
現在、公的年金制度や医療保険制度を維持するために必要な負担増や制度改革の必要性については、活発な議論が行われている。しかし、高齢単身世帯における被保護率が尋常ならざる高さにあることや、生活保護に係る今後の潜在的な負担増についてはあまり考慮されていないように見受けられる。
公的制度のうち、年金、医療、介護、生活保護の各制度が担う領域をどこまでとするか、全制度を通じて万人に保障する最低限の所得水準をどこに設定するのか、制度横断的な視点が欠かせない。もし、それを欠くことになれば、今後はとても「中負担」などでは収まらないだろう。
(2009年03月06日「研究員の眼」)
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