コラム
2007年08月20日

高齢化の進行に伴う所得格差拡大は普遍的な現象か?

石川 達哉

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  単身世帯の4割は60歳以上、3割が65歳以上であることから分かるように、単身世帯の増加に代表される世帯規模の縮小は高齢者世帯の増加と切り離せない。そして、これらは、所得格差が近年拡大傾向にあることとも密接に関係している。高齢者世帯は他の年齢階層と比べて、また単身世帯は二人以上の世帯と比べて、それぞれ世帯間の所得格差が大きいため、高齢者世帯や単身世帯の割合が高まることが社会全体の所得格差を拡大させることになるからである。

  それでは、このような高齢化と所得格差との関係は、果たして普遍的なものであろうか。あるいは、日本以外の国でも所得格差は拡大傾向にあるのだろうか。所得格差が拡大している場合、それは高齢化の進行によってもたらされたものなのだろうか。
  所得格差に関する分析を厳密に行うためには、公表統計の原資料に当たるレベルのデータが不可欠であるが、当該データの利用が許可されるケースは限られているため、厳密な実証研究の立場から、こうした素朴な疑問に対して即答することは容易ではないようだ。
  しかし、公表統計・データの範囲でも、格差を表す指標を計測することを通じて、格差が拡大しているのか、縮小しているのかという変化の方向性を判断することはできるはずである。例えば、日本、米国、英国、イタリアに関しては、所得の多寡によって世帯を5つの階層に区分した「五分位階級」毎の平均所得データが毎年、ないしは隔年で公表されている。そのデータを用いれば、格差を表す代表的な指標であるジニ係数を算出し、その推移を比較することは可能である。

図1

  これらのデータに基づいてジニ係数を実際に計測すると、1980年代半ばから1990年代末までの期間において、上昇傾向が共通して観察される。2000年代前半に関しては、英国とイタリアでは、ジニ係数が低下傾向に転じたのに対して、日本、米国では、そのような基調変化は見られない。しかし、所得格差拡大という現象は、少なくとも、日本特有のものではないと言ってよいであろう。

  注目されるのは、高齢化の進行に関して、この4カ国が実に対照的な2グループに分かれることである。日本の65歳以上人口の割合は今や世界最高となったが、その上昇ペースを上回っているのが、総世帯数に対する65歳以上世帯主の割合である。高齢者数が増加しただけではなく、高齢者がこどもとは同居せずに、独立した世帯を形成するケースが多くなったためである。その結果、世帯主65歳以上の世帯が総世帯に占める割合は、1986年から2005年の間に15%から31%へと倍増している。65歳以上人口の割合が世界で2番目に高いイタリアにおいても、日本ほどのペースではないものの、世帯主65歳以上の世帯の割合は上昇基調を続けてきた。しかし、米国と英国に関しては、この割合はほとんど変化していない。

図2


  このように、米国と英国においては、高齢者世帯の割合が上昇したという事実が観察されないのであるから、前述の所得格差拡大の主因は他にあることになる。日本のほかに高齢化の進行が所得格差拡大の要因となっている可能性があるとすれば、イタリアである。そのイタリアにおいても、高齢者世帯のジニ係数は他の年齢階層と比べて高いので、高齢者世帯の割合が上昇すれば、社会全体のジニ係数が押し上げられる効果があるはずである。
  この効果の大きさは、世帯主の年齢構成比を観察期間の初期時点で固定し、各年齢階層内の所得分布のみ実績値を用いた場合の総世帯に関するジニ係数計測値と、すべて実績値を用いた場合の計測値とを比較することによって、確認することができる。両者の差が表すのが、世帯主の年齢構成変化という意味での高齢化による所得格差への効果にほかならない。

図3

  比較の結果を見ると、日本では高齢化の効果が大きく、世帯主の年齢構成が以前と変わらなかった場合には、ジニ係数の右上がりのトレンドさえも消失してしまうほどである。しかし、イタリアでは、年齢構成変化による格差拡大効果は決して大きくない。
  理由として考えられるのは、まず、ジニ係数の大きさが高齢者世帯と現役世代の世帯とでは異なるといっても、日本ほどはイタリアでは差が大きくないことである。もうひとつは、現役世代において、40歳代よりも50歳以上の階層のジニ係数が高い反面、20歳代よりは30歳代のジニ係数の方が低く、30歳代よりは40歳代のジニ係数の方が低いため、年齢構成変化に伴う格差拡大効果は、同時に生ずる格差縮小効果によって一部が相殺されることである。
  これに対して、日本においては、20歳代から30歳代への移行を除けば、年齢が高い階層への移行に伴う格差拡大効果がすべての階層に当てはまる。つまり、日本における高齢化の効果とは、高齢者世帯の割合の上昇による効果にとどまらない拡がりを持つものなのである。

  以上は、日本のほかには3カ国について見た結果に過ぎない。しかし、現象としての所得格差拡大は、他国でも確かに観察されることは間違いない。同時に、日本と同じ意味での「高齢化」が社会全体の所得格差を拡大させるという構図が、普遍的に成り立っているわけでもなさそうである。

※ 上記の4カ国に韓国とシンガポールを加えた6カ国における所得格差の実態については、「ニッセイ基礎研究所・経済調査レポート」No.2007-03「国際比較で見る所得格差と高齢化の動向」を参照されたい。




(2007年08月20日「エコノミストの眼」)

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