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コラム
2006年10月06日
1、雇用増鈍化の一方で警戒される賃金上昇 米国では雇用の鈍化が続いている。月々の雇用者増減は変動が激しいため四半期毎に見ると、1-3月期は月平均17.6万人増から4-6月期は同11.5万人増に急低下し、7・8月は同12.5万人増となった。4-6月期を底と見れば若干の回復であるが、低水準の推移を続けていることは否めない。雇用の弱さは景気減速を反映したものであり、FRBの利上げ停止事由の一つともされている。 一方、8月の賃金上昇率は前年比3.9%と2001年6月以来の高水準の伸びが3ヵ月続いており、インフレへの警戒を高めている。また、労働生産性統計に見る雇用コストは前期比年率で、4-6月期6.6%、1-3月期には13.7%にまで上昇していたことが明らかになった。このため、ユニットレーバーコストは同じく、4-6月期4.9%、1-3月期は9.0%とほぼ6年ぶりの高水準となっている。 2、業種別に見た明暗 雇用増の鈍化にもかかわらず、賃金・雇用コストの上昇が止まらないのは、一見して矛盾しているように思われる。そこで、個々の業種別に賃金の上昇度合いを見ると、金融、情報サービス、専門・事業サービス等では前年比5%以上と上昇率が高く、小売、製造業、その他サービス等の業種では同2%以下と全体の伸びを大きく下回る。また、前者においては情報サービスを除いて雇用増加率も高く、後者では横這いないし減少さえ見せている。こうして見ると、個々の業種では、総じて雇用需要の高い業種ほど賃金の上昇率が高く、そうでない業種では賃金上昇率も低く、需給の原則に従った動きと言えよう。 両者の中間に位置付けられるのが教育・健康である。ヘルスケア市場の拡大等から教育・健康産業は、雇用者を拡大している。しかし、賃金上昇率は両者の中間にあり、ちょうど平均的な上昇率に留まっている。 3、何が雇用市場を分断しているのか? 雇用市場が完全に流動的であるなら、不振な業種から好調な業種への移動が迅速に進むのであるが、今回はそうした動きが鈍く、前者に属する業種の賃金の高騰を招いている。その背景について、ビジネスウィーク(2006年9月18日号)では、「一般に金融、情報サービス、専門・事業サービス等の業種では、高スキルが必要とされ、大卒以上の高学歴層を主対象としている」ためとしている。実際、8月の学歴別の失業率を見ると、25歳以上の大卒男子では1.8%と全体の失業率4.7%を大きく下回り、極めてタイトな状況にある。 景気が上昇しているときは多くの業種で総花的に雇用が増加するが、現下の景気減速局面においては、雇用増は景気の影響の少ない業種に限定される。今回のように、高学歴・高スキルの業種で求人が増加しているケースでは、それが参入障壁となり、雇用増の業種が限定されるとともに当該業種での賃金上昇率が加速される状況となっている。ただし、そうした業種の雇用増は全体から見れば限定的であるため、雇用全体を底上げするには至らないのである。 4、インフレ懸念は限定的か? このような状況では、賃金インフレへの対応も一律とはし難い。上記の賃金上昇の激しい業種における雇用者数は、全体の1割強に過ぎない(金融・保険615万人、情報306万人、専門サービス729万人で計1650万人、2006年8月現在)。特定の業種への求人により生じた賃金の上昇では、全体への影響も限られよう。また、それらに該当する消費者物価指数構成要素のウェイトはさらに低く、こうした業種でサービス価格への転嫁が進んでも全体への影響は限定されよう。今後、エネルギー価格(消費者物価の構成比9%)、家賃(同32%)等が横這いないし下落に転じれば、吸収されてしまう程度の構成比である。 一方、賃金上昇幅が全体の3.9%を大きく下回る業種も多い。前記のように製造業では1.0%、小売業では2.0%に留まり、そうした業種では雇用増も横這いないし減少気味ですらある。こうした状況下で一層の金融引き締めを行えば、景況の芳しくない業種を必要以上に冷え込ませてしまう恐れがあるだろう。弱い業種からの撤退を促す意図があるならそれも産業政策の一つであるが、FRBの役回りではないし、まして中間選挙前に行う必要性には乏しい。また、最近の雇用コストの上昇の背景には、ボーナスやストックオプション等の一時的要因の影響が強いとされており、そうであれば、現下の賃金上昇を理由とした利上げ再開には躊躇せざるを得ないだろう。 5、懸念される格差の拡大 こうした業種による明暗化の背景には、グローバリゼーションの進展が挙げられよう。工場の海外移転が進み、あるいは輸入品との競争にさらされる業種では、リストラに追われ、製品の値上げが困難で賃上げも難しくなっている。最も、このような事態は従来から予想されており、対応策として雇用者の再トレーニングによる流動化が言われていたが、現実はそれが難しいことを示している。 高スキルの雇用市場は、その専門性の高さゆえに、もともと個々の雇用規模は小さく、雇用者を大量に移転・流入させられるような市場ではない。結果として製造業のリストラを受け入れる業種は、サービス業の中では小売業等が中心となり、こうした業種の雇用需給は緩慢で賃金上昇率は高くないのである。 このため、今後も高学歴・専門職等の比較的高所得層を中心に高めの賃金上昇率が続くと、米国経済の抱える大きな問題の一つとされる格差がさらに助長される恐れがある。学歴については人種による差異も大きい。家計を所得別に5等分したときの最上位と最下位層の所得シェアは、90年の12.2倍から2000年には14.0倍に上昇したが、2005年には15.0倍となり、拡大傾向に歯止めがかかる様子は見られない。11月には中間選挙を迎えるが、こうした雇用・所得の格差問題がどのように影響するのか注目されるところである。
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(2006年10月06日「エコノミストの眼」)
土肥原 晋
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