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コラム
2006年04月10日
1、経常赤字は8000億ドルの大台に 2005年の米国の経常赤字は、8049億ドル(速報値)と8000億ドルの大台に乗った。これまでの過去最高値である2004年の6681億ドルを大きく更新したのであるが、7000億ドルの大台は飛び越してしまい、前年比では+20.5%、名目GDP比6.4%となる。「双子の赤字」として並べられる財政赤字は、2005年度は3183億ドル(名目GDP比2.6%)と減少し経常赤字の半分にも及ばない。 2、貿易赤字には構造的要因も 経常赤字が急増したのは、主に輸入の急増で貿易赤字が拡大したからと言える。特に、最近の原油価格高騰の影響は大きく、原油(含む石油製品)の輸入は2005年に39%増加し、貿易赤字の29%(2004年は25%)を占めた。ただし、輸入品のうち、品目別に見た赤字額の筆頭は、原油ではなく消費財である。消費財の赤字拡大は、90年代に進展した労働集約的な製品の海外アウトソーシングの結果と言えよう。海外生産の場合、米国の企業が外国に生産拠点を移すケースと、外国企業に生産を委託するケースに分かれるがいずれにしても貿易赤字は拡大する。消費財輸出を中心とした中国との赤字額が急増しているのも同様な理由で、2005年の国別収支でも、対中赤字額が2016億ドル(対OPECの赤字額は927億ドル)と首位にある。 一方、輸入拡大の半面、輸出が伸び悩み、輸入の伸びを下回っていることが常態化しつつあるのも問題と言えよう。92年に輸入の伸び率が輸出を上回ると、その後95年と97年を除いて輸入の伸びが輸出を上回る状況が続いている。米国政府は輸出の伸び悩みは、主要貿易相手国の成長率が低いことが主因としているが、金額の大きい輸入の伸びが輸出の伸びを上回っていては、貿易赤字が縮小する余地はない。また、輸入には前記のような増加要因が挙げられるが、輸出には増加を加速する要因に欠けていたと言えよう。 こうした状況は2006年に入っても持続しているため、このままでは、貿易赤字がさらに増加する可能性がある。なお、輸入額が輸出額を上回ったのは30年前の1976年のことであり、それ以降赤字が常態化し、現在では輸入額が輸出額の倍近くに接近している。収支の均衡はもはや夢物語で、少なくとも貿易赤字拡大の抑制に努めるのが現実的な選択と言えよう。 3、決め手に欠ける貿易赤字対策 現政権の貿易赤字対策としては、原則的に市場主義・自由貿易を擁護する立場をとっていることから、不公正貿易の是正に焦点が当てられている。貿易相手国に輸入障壁のないこと、為替レートが公正に決められていること等が中心で、対中貿易に関しては、元レートの調整が焦点となっている。しかし、そうしたことで是正される部分は大きいとは言えず、米国内の貯投バランスから見て関連のあると思われる過剰消費や財政赤字等の国内の問題については、経済成長を犠牲にしかねないとして経常赤字と関連付けて議論されることは少ない。 政府要人の中では、グリーンスパン前議長が、経常赤字・財政赤字・過剰消費等の問題に警鐘を鳴らしてきたが、それでも経常赤字と関連付けた議論は避け、経常赤字自体についても中長期的な問題としていた。一方、現政権からは、経常赤字を問題視するよりは、むしろ擁護するような見方、即ち、海外からの資本流入が潤沢だから何の問題も生じていない、といった発言の方が多いのが実情と言える。 こうしたことから、経常赤字の問題は、先行きを懸念する見方には合意があるものの、問題が起こるまで政策的に手を入れられる可能性は小さく、景気の影響を受けながらも、結果としては巨額のまま持続する可能性が強いと言えよう。 4、経常赤字への懸念を緩和するには緩やかなドル安進行が良薬 では、現状規模(名目GDPで6.4%)の経常赤字が持続するとどうなるのか? 確実なのは、対外純債務に毎年経常赤字分が上積みされることだろう。即ち、現状規模の赤字が続き、為替等の金融市場に変化がなければ、2004年末に名目GDP比22%だった対外純債務は、10年後には64%上積みされて86%となる(簡単に今後の成長率を考慮しない)。そうなる前に、ドルの急落が起こるとの見方もあるが、過去、累積債務国にはこれ以上の国もあり、どの水準になったら危険という目途があるわけではない。 しかし、上記の状態が続けば、その後3年以内には、対外純債務が同100%を超えるわけで、やはり市場が懸念を強めていくとみる方が正当だろう。また、この名目GDP比100%の世界では、仮に、外国保有の在米資産が全て額面6%の財務省証券とするなら、名目GDPの6%が利息として毎年海外に支払われ、経常赤字を倍増させる可能性も出てくる。 一方、上記のようになるにはもう少し時間を要する可能性も大である。対外純債務は、外国保有の在米資産(名目GDP比107%)と米国保有の海外資産(同85%)の差である。仮に、米国保有の海外資産がドル以外で持たれているとし、在米資産がドル安で22%分目減りすれば、両者は均衡し、米国の対外純債務は帳消しにされる。ただし、米国保有の海外資産にはドルでの保有もあり、現実的には上記以上の下落幅が必要となろう。実際、2001年以降は、ドル安もあって、この間の経常赤字が拡大を続けたにもかかわらず、米国の対外純債務の名目GDP比は、横這いの動きに留まっている。 また、外国受取の投資収益に関しても、米国で再投資されれば、直接海外に流出することとはならない。ただ、この場合は、ストックへの積み増しは加速されよう。なお、米国資産の投資収益は相対的に大きいとされ、経常収支中の投資収益は、対外純債務が名目GDP比22%あるにもかかわらず黒字を維持している。 結局、ドル安方向での早めの為替調整があれば、経常赤字や対外純債務拡大には緩和的に作用し、この先のドル急落の懸念を和らげることとなる。為替レートは市場に任せるとの米政権の考えからすれば、早めに市場がその方向に動くことが、将来のドル急落を避け得る何よりの解決策となろう。
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(2006年04月10日「エコノミストの眼」)
土肥原 晋
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