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コラム
2005年10月12日
1、未曾有の被害となったハリケーンの襲来 米国では、8月末の大型ハリケーン「カトリーナ」に続き、「リタ」が襲来した。いずれもカテゴリー「5」を記録するなど、ハリケーンとしては最大級の規模となった。ハリケーンの襲来は例年のことながら、今年ほど海外からも注目を集めたハリケーンは珍しい。 まず、第一に、メキシコ湾岸の米国の石油生産・精製施設の密集地を直撃したことである。原油価格が高騰していた時期に重なったため、一時は70ドル/バレルを記録するなど、価格を一層押し上げた。さらに、石油精製施設の損壊がガソリン不足に輪をかけた。米国の精製施設の新設は1976年以降止まっており、多くの精製施設はフル稼働に近い状態だったため、ガソリン価格は一時、過去最高の1ガロン3ドルを超えた。ブッシュ大統領は、環境規制が精製施設建設の足かせになっていると議会に規制の緩和を求め、10/7には製油所の新増設に関する支援措置を盛り込んだ法案が下院で可決した。 第二に、激しい降水量でミシシッピ川の堤防が決壊し、被害額が未曾有のものに膨れ上がったことである。当初1万人とも報道された犠牲者は、未だに正確な数は不明ながら約1200人と推定され、過去最高の犠牲者を出した1900年の「ガルベストン」の8000~12000人は下回ると見られているものの、被害総額では過去最高額とされる「アンドリュー」の265億ドルを大幅に上回り、未曾有の額(10/6のCBO推定では700~1300億ドル)が見込まれている。 このため、米国経済も大きな影響を受け、7-9月期の成長率は1%強押し下げられると見られており、少なくとも年内はそのダメージが続きそうである。しかし、来年にかけては復興需要により、むしろ成長率への押し上げ効果が期待されるなど、経済的な影響は一時的に留まるものと見られる。 2、クローズアップされた貧困問題 こうした経済的な影響以上に、米国民にショックを与えたのは、事前に避難勧告が出ていたにもかかわらず、自動車を持っていないため、あるいは、ガソリンを買う当座の資金を持ち合わせていなかったため、逃げ遅れた人も多く犠牲者が増加したという事実であろう。こうした低所得層には黒人が多く、被災者の多くも黒人であった。 もう一つのショッキングな出来事は、災害時の略奪行為が頻発したことだろう。なかには、州兵と銃撃戦に及んだ略奪グループもおり、その後、ニューオーリンズ近郊では、銃の販売が急増した。人種問題と併せて、所得格差が浮き彫りにされた形である。 確かに、この地域(ルイジアナ州)における貧困度合いを見ると、2002-2004年の三年平均の家計所得では、3.6万ドルと全米平均の4.4万ドルを20%下回るのに加え、貧困世帯の比率は三年平均で17%と全米平均の12.4%を大きく上回り、いずれもワースト5州に入る。 また、犠牲者には老人が多く、病院や老人ホーム、刑務所等での置き去りが報道され、さらには、警官の略奪・暴行問題も生じている。世界最大の経済大国を誇る米国のモラルにも、疑問が投げかけられているのである。 こうした自国の悲惨な姿がさらけ出されたことは、ブッシュ政権にとっても大きなダメージとなっている。カトリーナに関しては、初動の遅れが被害を大きくしたと批判され、特に被害の大きかったニューオリンズでは、黒人の被災者が多く出たため、人種問題も絡んだ批判を受けた。そのため、黒人のライス長官を前面に立て、人種差別的な対応はなかったとしてこうした批判を強く否定している。 ブッシュ大統領自らも9月中に7回にわたる被災地への訪問を繰り返し、カトリーナ後に来襲したリタに関しては、万全の体勢を整えた。陣頭指揮を顕示すべく、リタ上陸に併せて現地に乗り込もうとしたほどだ。また、矢継ぎ早に被災地への巨額の財政支出を決定し、すでに623億ドルのハリケーン対策費が承認された。復興費用総額では2000億ドルに膨れるとの見方もあり、財政赤字拡大への懸念が増幅するほどの額となっている。さらに、ブッシュ大統領は、カトリーナの被害対策とエネルギー対策を最優先し、これまで内政の最優先課題としていた公的年金を中心とする社会保障改革を一時後退させると共に、国防費以外の歳出削減で対応する考えを示した。 ブッシュ大統領が、政策の優先度を変更してまで尽力するのも、結局は、貧困問題がクローズアップされたことに由来しよう。2004年の貧困統計では、全米の貧困世帯は12.7%とブッシュ政権誕生とともに4年連続で上昇している(詳細は、エコノミストの眼2004年10月4日号「米大統領選挙と貧困問題」参照)。 ブッシュ政権の目指す「小さな政府」は、社会保障支出を抑制することとなる。貧困層をおざなりにしているとの批判は別にしても、貧困層に手厚い政策を取らない点では、社会保障充実を旗印にしてきた民主党とは一線を画している。今後、今回のハリケーンで貧困対策への批判が高まると、政権の立場が危うくなるとの防衛本能が働いたと思われる。9.11テロ事件時もそうであったが、ブッシュ大統領はこうした政治感覚にはことのほか敏感である。 3、環境問題にも飛び火 もう一つのブッシュ政権への批判は、環境政策からのものである。カテゴリー「4」・「5」のハリケーンがなぜ多発するのか? カテゴリー「5」のハリケーンは「破壊的」レベルと定義され、そう頻繁に見られるわけではない。1928年~2003年の76年間で23個に留まり、これまでその勢力を保ったまま上陸したのは3個(1935年のFlorida Keys、69年のCamille、92年のAndrew)に過ぎない。今回は、「カトリーナ」に続き、「リタ」もカテゴリー「5」となった。また、今年のハリケーンの数は、リタを含めて17個と過去最高の21個(1933年)に迫りつつある。 この結果、なぜ、ハリケーンが、頻発・大型化したのかが議論されるようになった。原因は、海面の温度が上昇したためとされるが、なぜ上昇したかについては見解が分かれている。海面温度の上昇は、大西洋に歴史的に見られる歴史的なサイクル(前回の上昇は1940年~1960年代)によるもので温暖化によるものではないとする見方の一方、温暖化も何らかの影響を与えているとするものである。いずれにしても、温暖化は地球規模で起きていることであり、ハリケーンとの因果関係が把握できなくても、何らかの影響は受けているはずとの見方は根強い。 この点、ブッシュ政権が、京都議定書への参加を拒否するなど、温暖化対策に冷淡であったことは衆知の事実であるため、その政策の是非が問われている。ただ、いずれの説を取ってみても、今後数十年間を通して、海面温度の上昇によるハリケーンの多発・大型化が進むとの見方では一致しており、今後も折に触れて議論が盛り上がりそうな状況にある。 なお、ブッシュ政権への批判の高まりを打ち消すべく、矢継ぎ早に巨額の財政支援を行ったため、目先の景気停滞は避けられないものの、その後の復興需要への期待が高まりつつある。価格の高騰した原油・ガソリンについても、世界的に緊急備蓄放出がなされ、米国にはガソリン積載の船団が早晩到着し、価格高騰も一段落すると期待されている。 しかし、被災地の復興が進み、景気停滞からの回復や原油価格高騰が収まり、この巨大ハリケーンがもたらしたものを振り返った時に、米国人の脳裏に残るものは何であろうか? 景気が回復しても、人的な犠牲は取り返しのつかないものであり、なぜ、このような被害が生じたのかとの疑問は繰り返されることとなろう。ブッシュ政権へのダメージはなかなか消えそうにはない。来年には中間選挙があり、その後2008年には大統領選挙が控えている。米国民がブッシュ政権にどのような評価を与えるかが注目される。 |
(2005年10月12日「エコノミストの眼」)
土肥原 晋
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