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コラム
2005年04月06日
1、川上から迫るインフレ圧力 米国の景気は堅調である。米国の10-12月期成長率が前期比年率3.8%(=確報、当初発表は3.1%だった)と上方改定され、1-3月期についてもエコノミストの予想平均は3.7%(3/10付ブルーチップ誌)と堅調予想である。こうした中、3月の雇用者は11万人増と市場予想の半分に留まったにもかかわらず、発表直後の株・債券市場は、インフレ懸念が後退したとして上昇した(その後、原油価格上昇等により下落)。市場の関心は、これまでの成長持続からインフレに移ってきていると言えよう。 景気堅調下での原油価格の上昇は、インフレ懸念材料の最たるものだが、今回の上昇は、中国の消費増等の需給面が絡むため、これまでの戦争による突発的な高騰とは異なる要素を持つ。急速な上昇を見せた後だけに、先行きの価格低下を見込む向きが多いものの、先日は米国の大手証券会社が105ドル/バレルへの一段の上昇の可能性を指摘する動きもあり、足下の原油価格は史上最高価格を更新している。 さらに、原油価格に加えてその他の国際商品価格が上昇を見せている。この背景には、世界的な金融余剰を背景にした投機資金の流入が指摘されているが、米国では3年来ドル安が続いている事情が加わり、インフレ懸念を増幅している。1月はコアPPI(エネルギー・食料を除いた生産者物価)が前月比+0.8%と98年12月以来の上昇幅となり市場の波乱を招いたが、2月は+0.1%に落ち着いた。ただし、コアCPIでは1月+0.2%の後、2月は+0.3%となり、この問題への市場の懸念は、かなり神経質なものとなっている。 PPI・CPIとも原油価格乱高下の影響を受けやすいため、最近では、コア指数に注目する傾向が強くなっているが、各コア指数の推移を前年同月比で見ると、いずれも1年以上にわたって上昇傾向にある。特にPPIについては、原油だけでなく国際商品の価格上昇等が原材料や中間財での上昇をもたらしており、中間財の中でも耐久財材料等への影響は顕著である。また、最終財については値上げを抑制しているものと見られるが、原油価格・景気堅調が持続すれば、今後、最終財PPIやCPIへの波及の可能性は、一層強まってこよう。
昨年の大統領選挙時は、ブッシュ政権の弱点として攻撃の的となっていた雇用であるが、昨今の堅調な回復により、賃金上昇が近いのではないかとの懸念を呼んでいる。この点、時間当たり賃金上昇率は、2月の雇用統計では前月比+0.1%、3月は同+0.3%となり、前年同月比でも伸び率は昨年初に底を打ち、緩やかな上昇に転じている。 確かに、労働時間がなお横這いの推移にあることに加え、雇用者数についても、回復しているとはいっても漸くリセッション前の水準に戻ったレベルであり、この間、毎月17・8万人はあったと考えられる自然増の労働滞留者が、今後、雇用市場に参入すると考えれば、雇用の需給は、依然タイトな状況にはないと見るべきだろう。 しかし、雇用者増により前年同月比ベースでの賃金所得全体の伸びは6%に接近していることから、賃金上昇率の上昇トレンドが現状の緩やかなペースで持続するとしても、雇用増が景気を押し上げ、インフレ懸念を強めることは十分想定されよう。
3、着々と進むインフレへの対応 このような状況を見ると、米国経済へのインフレリスクは、今後も強まる方向にあると言えようが、各部門の動きを見ると、既にその準備を進めつつあるようにも見える。 家計では、金利低下期に住宅ローンの借り換えを進めた。近年見られないほどの金利低下により、借り換えブームといった状況を呈した。また、住宅価格の上昇も重なったため、担保の余裕分を利用して、金利支払い額を増やさずに、住宅ローンの借入額を増やすことができた。多くが長期の固定金利ローンで借り替えており、今後、金利の上昇局面では、家計消費や新規の住宅投資への打撃は避けられないものの、自家所有の家計においては、金利上昇からの影響を緩和することができるだろう。 一方、企業については、最近発表された米国の資金循環統計を見ると、2004/4Qに企業の資金調達が急増していることが明らかにされた。半面、企業収益の向上から企業の内部留保は潤沢であり、現下の設備投資や在庫投資を賄える状況にある。このため、企業が長期金利の上昇に備えて資金調達に取組み始めたと見るアナリストもいる。 半面、インフレ対策という点から遅れているのは、財政赤字対策であろう。このため、FRBもたびたび警告を発している。景気対策として行われた面の強い減税策であるが、ブッシュ政権は恒久化を図ろうとしている。 ただ、90年代初頭には連邦政府の信用市場でのシェアが6割近くあったものの、その後の信用市場の拡大により、2004年のシェアは、財政赤字の拡大にもかかわらず2割弱と市場への影響度は縮小している。また、景気回復による歳入の増加が続いており、財政赤字がこのままピークアウトを迎えるのであれば、市場への影響は限定的なものに留まるだろう。 こうした中で、最も注目されるのは、FRBの舵取りであろう。FFレートの目標金利は3月も0.25%引上げられて2.75%となったが、先行きのインフレリスクの高まりに備え、FRBは今後も利上げを継続する意向である。グリーンスパン議長が「謎」と指摘した長期金利の動きはその後是正されたものの、金利の先行きについては、FRBの舵取りにますます注目が集まっている。 このFRBの利上げは、昨年6月以降、FOMCを開催する毎に引き上げられ、その回数は計7回、引上げ幅は計1.75%に達しており、過去の利上げスピードと比較しても遜色のないものである。金融市場は、利上げスピードの加速を懸念しているが、現状のFOMC毎の小幅利上げスタンスの継続でも、1年後にはFFレートで4.75%に達し、なお緩和気味とされる現在の金融スタンスは一変することとなる。 先日の雇用統計が予想を大幅に下回ったのを見て、直後に株式市場が急上昇したことは、昨年の大統領選で雇用回復の遅れが問題となっていた時とは様変わりの状況である。利上げについても「小幅」だと思っていると、金融環境の急変に気づくのが遅れてしまうかもしれない。 着々とインフレへの対応が進む米国であるが、米国の変化が、世界的に金余りと言われる内外の金融・為替市場に大きな影響を与える可能性は否定できまい。国際商品の価格上昇は、米国だけのものではない。日本については、米国とは反対に3年来の円高が円ベースでの価格上昇を緩和しているとはいえ、こうした米国の変化からの影響は避けられないと思われる。デフレから未だ脱却しきれていない日本経済に、海外からのインフレリスクがどのように影響して来るのか、注目されるところである。 |
(2005年04月06日「エコノミストの眼」)
土肥原 晋
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