コラム
2004年10月04日

米大統領選挙と貧困問題

土肥原 晋

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1、ブッシュ政権下で増加した貧困層

貧困統計というのをご存知であろうか。米国では、「最低限の市民生活を営める所得レベル」を家族構成に応じて設定し、これを下回る層を貧困者世帯と定義している。8月にセンサス局が発表した2003年の貧困統計では、貧困者数が3586万人(前年比+3.7%増)と3年連続で増加し、人口比でも12.5%と98年以来の水準に上昇した。この統計は、好不況の影響を受けやすく、失業率との相関が強いが、近年の動きを見ると、93年に15.1%と83年(15.2%)以来10年ぶりの高水準をつけた後、クリントン政権下で一貫して低下し、同政権最終年の2000年には、11.3%と戦後のボトムである73年(11.1%)に接近していた。その後、ブッシュ政権発足と共に上昇に転じている。
 

 
2、拡大傾向にある貧富の差

もう一つ、やはりセンサス局から発表された所得統計を見て頂きたい。こちらは、世帯を所得に基づき5分割(各層20%)し、各階層の所得シェアの推移を比較したものである。特徴的なことは、レーガン政権の発足した81年以降、ブッシュ政権発足に至るまで、所得最上位層のシェアが上昇傾向を見せる中、他の全ての層がシェアを減少させていることである。さらに最上位5%の世帯では、レーガン政権発足時の81年の15.6%をボトムに2001年にかけてシェアを6.8%ポイント増加させており、結局、シェアを伸ばしたのは最上位5%の世帯のみとなる。こうした所得格差の拡大は、ジニ係数にも表われており、レーガン政権発足以降の上昇は急である。
なお、ブッシュ政権2年目に最上位層のシェアが下落したのは、2001年にかけての景気後退や株価の急落等の影響が大きかったためと思われる。この統計ではブッシュ減税の影響は不明であるが、2003年の所得の最高税率引下げと配当税率を引下げは、少なくとも可処分所得ベースでのジニ係数を上昇させたと思われるし、2002年以降の株価・景気の回復を考慮すると、今後、最上位層の収入シェアが再び上昇に向かう可能性は高い。
 

 

3、 大統領選挙への影響

こうした貧困層の増加や貧富の差の拡大は、11月の大統領選挙の争点でもある。ケリー候補による「ブッシュ減税は富裕層を優遇し、記録的な財政赤字をもたらした」との批判は、ブッシュ政権への常套的な批判例である。しかし、その割には、両候補者の支持率への影響は不透明である。もともと、貧富の観点でみた支持政党は、貧困層の支持率では民主党が高く、富裕層では共和党の支持が高いとされ、このため、貧富の差が拡大しても貧困層や富裕層の支持には大きな変化が生じにくいと言われる。問題は、支持のはっきりしない中間層の支持がどのように動くかにある。貧困層が拡大し社会不安が高まれば、中間層はそれを是正する政党に投票するし、現下の12.5%が歴史的には高くないと考えれば、特段、争点にはならない。ただし、中間層でも、上記のように自分の属する収入構成比率が減少していることには、穏やかならざる感情を持っていると思われる。今後、ケリー候補の主張が、このような不満をうまく取り込むことができれば、選挙戦を有利にすることが可能と思われるが、今の所、大きな争点とまでは至っていないようである。


4、 米国の貧困問題は他山の石か

さて、一般的には、世界一の経済大国で国民の1割超が貧困者であるというのは、経済大国には似つかわしくないと考えられ、第二の経済大国である日本経済の方がより平等で問題が少ないとする見方が根強いが、そうであろうか。
米国の貧困問題の背景の一つは、海外から安価な労働力を受け入れて発展してきた歴史に求められよう。移民等の受け入れは現在も続いており、年間106万人(2001年)に入国許可が出されている。また、グリーンカード発行にあたっては、色々と制限を設けているものの、英語圏以外の国からの移民は、言葉の問題もあって低賃金の労働を余儀なくされがちで、またそうした仕事は景気の影響も受け易い。それでも米国移住の希望者は世界中に溢れており、不法入国者は700万人(2000年推定)に達する。また、こうした移民を受け入れる社会は、平等(スタートラインの機会均等)でかつ競争的であらねばならない。一定の制限下で高学歴の移住労働者も多く受け入れており、既存労働者からの脱落も当然のことながらあり得るのである。
一方、日本の場合、少子高齢化が進展する中、労働の移入には原則的に門戸を閉ざしている。日本には現行の雇用政策を維持し、経済成長よりも個人個人の生活の豊かさを追求する道が残されているのかもしれないが、ひとたび世界経済発展への貢献という観点に目を転ずれば、雇用市場を開放し成長を高める方が、議論の余地のないほど貢献度は大きい。先頃のIMF報告でも、少子高齢化対策として移民の受入れを提言している。こうした観点から米国の貧困問題を見ると、経済大国に似つかわしくないどころか、経済大国ゆえの向こう傷と言えなくもない。経済大国という観点からは貧困層の発生対策同様に、貧困層にどのような配慮が行われるかという点が重要であり、米国の貧困者統計が微細にわたっているのもこうした観点からのことなのである。
 

(2004年10月04日「エコノミストの眼」)

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