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コラム
2004年04月06日
●3月雇用者数は予想を上回る増加 3月の雇用統計では、非農業事業部門の雇用者数が前月比30.8万人増と予想された12万人増を大きく上回り、2000年4月以来の大幅増となった。過去数ヵ月、発表の度に予想値を大きく下回り、期待を裏切られてきただけに、株式・債券等、市場への影響は大きく、年央での利上げ観測も再び頭を持ち上げてきた。景気面でも、これ以上雇用回復の遅れが続くと、消費者マインド指数を押し下げるだけでなく、雇用所得の腰折れにより消費の足を引っ張る事態も懸念されていただけに、市場の風向きを大きく変える統計だったことは間違いない。 さらに、雇用回復の遅れが大統領選挙を控えて政治問題化していたこともあって、大統領選を戦う両陣営のコメントも素早かった。ブッシュ大統領は、これまでの経済政策の正しさを強調したうえで、経済がさらに強くなっているとし、一方のケリー候補は、雇用の改善を歓迎しながらも、未だ大恐慌以来の最悪の雇用回復下で多くの家庭生活が脅かされていると主張した。 今回に関しては、雇用統計の発表後を睨んで自説の雇用政策を強調するはずだったケリー候補に、ブッシュ大統領が一矢報いた形となった。 ●いまだ深刻な「ジョブレスリカバリー」 しかし、3月単月の内容がいくら好調だからといって、これまでの雇用回復の遅れを取り戻すには、なお時間が必要である。もともと今回の景気回復局面における雇用動向の特徴は、景気回復下での雇用減少とその期間の長さにある。景気のボトムは2001/11月であったが、景気の回復の一方で雇用は減少を続け、2003/7月にはリセッション後の雇用減の累計が270万人に達した。ボトムより2.5年近く経ち、雇用が回復に向かっているといっても、景気のピークはおろかボトム時点の雇用水準にも及ばない。この点、前回のリセッション(90/7~91/3)後に雇用が一進一退を続け「ジョブレスリカバリー(雇用なき回復)」と呼ばれた以上の悪化状況にあり、最近の雇用回復を考慮しても、依然として「ジョブロスリカバリー(雇用を減らした回復)」の状況を脱出できていないのである(下図)。
雇用の先行きについては、これまでも景気回復にやや遅れて回復を見せてきたことから、グリーンスパン議長のように、現在の景気回復が持続すれば、雇用が回復に向かうのは「時間の問題」と楽観視する見方は多かった。 実際、雇用を巡る各経済指標は、いずれも回復方向を示している。新規失業保険請求件数は、26週連続で(4/1発表分まで)雇用増減の境目とされる40万件を下回り、3月ISM製造業の雇用指数(48が製造業の雇用増減の境目)が57.0と5ヵ月連続で上昇して87年12月(59.1)以来の水準を見せ、非製造業ISMの雇用指数も53.9と6ヵ月連続で50を上回った。7-9月期に前期比年率9.5%と急上昇した労働生産性も10-12月期には2.6%と一服の動きとなっている。 一方、市場が月例の雇用統計に期待し、その度に裏目の結果が続いていたのも事実である。FRBのバーナンキ理事は、昨年の講演で、雇用の遅れている原因として生産性上昇の他に、90年代後半の過剰雇用、賃金以外の雇用コストの上昇、テロ攻撃・企業スキャンダル等からの先行き不透明感の高まり、グローバリゼーション等の経済構造変化、等を挙げていた。これらの雇用の抑制要因には中長期的なものが多く、現下の景気回復途上においても持続していると考えられる。すなわち、こうした要因を打破するほどの強い景気回復がなければ、なお、緩慢な雇用回復に終わる可能性がある。 また、失業率については米国の労働人口の増加を勘案すれば、毎月15万人以上の増加がなければ、現状水準を維持できない計算である。加えて、景気回復局面では、これまで就職を見送っていた人が雇用市場に参入するため、過去の雇用減の時期の滞留分を上乗せすれば、相当力強い雇用増がないと失業率の急速な低下は望み薄と言えよう。 ●保護主義的政策台頭の可能性も 上記の抑制要因のうち、特に注目を集めているのは、グローバリゼーションに伴うアウトソーシングの動きであろう。これまで、相対的に貿易相手国より高い成長を見せる米国では輸出よりも輸入の伸びが大きくなりがちなため、米国の経常赤字は米国経済の強さを表すものと言われていた。しかし、米国の輸入先を国別に見ると、日本やEUとの赤字拡大にはそうした要因が強いかも知れないが、それ以上に急速に対米黒字が拡大しているのは、中国やNAFTA締結国であるメキシコ、カナダ等である。さらに、最近ではインドへのハイテク企業のアウトソーシングが注目されている。 こうした国との赤字の拡大は、グローバリゼーションの進行による海外への雇用流出と見ることは可能であるが、米国企業が現地に進出し、そこで製造した商品を米国に輸入することによって生じたメリットも多く、これまでは貿易摩擦として表面には出にくかった。大統領選挙の中、ケリー候補はこれらの企業への批判を強め、制約を課す提案を行っている。 実際には、アウトソーシングにより米国経済が受けるメリットの方が大きいため、制約策はデメリットの方が大きく、また、実効性も乏しいと思われるが、選挙を前にしてこうした動きがブッシュ政権にも影響を及ぼし、政権交代の有無にかかわらず、今後、米国内で雇用をより重視した政策が取られる可能性は否定できない。 このまま雇用回復が加速すれば、こうした懸念も杞憂となろうが、雇用自体上記のように抑制要因を抱えた中での回復であり、また、月例の統計に変動は付き物である。ケリー候補が巻き返しに転じ得る局面はまだまだ残されている。選挙戦が山場を迎える秋口までに雇用の回復がもたつくようであれば、保護主義的な政策への懸念は再び強まるものと思われる。 |
(2004年04月06日「エコノミストの眼」)
土肥原 晋
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