- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 社会的責任投資と企業年金の受託者責任 -米国の法制、判例、行政解釈を中心に-
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
1.
投資先の選定に際して環境や人権といった社会的、倫理的評価を考慮する社会的責任投資に対する関心が高まっている。本稿では、企業年金の投資に伴う信認義務(受託者責任)と社会的責任投資との関係を巡る法的状況を、米国を中心として英国にも触れつつ整理、紹介する。なお、年金制度の関係者に付随的便益(投資の恩恵)を与えるような投資を含めて検討を進める。
2.
米国信託法の権威スコット教授は、会社による寄付の類推から、信託の受託者は投資の成果を犠牲にしても投資に際して企業の社会的成果を考慮できると主張されたが、その後の信託法のリステイトメントや統一法には採用されていない。企業年金を規制するエリサ法によれば、年金資産を運用する者は、もっぱら加入者の利益のために(忠実義務)、思慮深く(注意義務)投資しなければならない。
3.
米国の判例によれば、投資の付随的便益が事業主や労働組合に及ぶ場合に関して、注意義務がみたされていれば、付随的便益の提供を主目的としたり加入者を犠牲にするものでない限り、忠実義務に違反しないとされる。また、地方公務員年金が保有する南アフリカ関連企業の株式の処分を命じる条例について、加入者の不利益は僅かであり連邦憲法の契約条項に違反しないとした判例がある。
4.
エリサ法の信認義務規定を執行する米国労働省は、1980年代以来、選択可能な他の投資と同等の経済的価値(リスクを勘案した投資の期待リターン)を有する限り、社会的責任投資がもたらす非経済的要素(付随的便益)の観点からそれを選択しても、信認義務に違反しないとの見解を示してきた。
5.
英国の判例によれば、企業年金の受託者は投資収益の最大化を目指さなければならず、他の投資と同程度に有利な場合に限って社会的考慮が可能とされる。なお、教会の信託基金については、重大な財務的損失の恐れがない場合には信託目的を踏まえた道徳的考慮も可能とされる。2000年に施行された年金法の規則により、年金基金は投資に際して社会的、環境的または倫理的考慮を行う場合には、その程度を投資方針書に記載しなければならないが、当規則は社会的考慮自体を義務づけるものではなく、判例に示された受託者の義務を変更するものではないようである。
6.
米英の判例等をまとめると、年金制度の受認者は加入者の利益すなわち投資収益最大化を図らなければならず、「投資の経済的価値が同等」、つまり投資収益を犠牲にしない場合に限って社会的責任投資を選択することができる。近年では、「社会的責任投資には高い運用成果を期待できる」との主張もあるが、これを含めて、実際の投資手法をよく見極める必要がある。わが国において、社会的責任投資に関する法的検討に加えて、投資や経済面からの検証が進むことを期待したい。
(2003年06月25日「ニッセイ基礎研所報」)
このレポートの関連カテゴリ
土浪 修
土浪 修のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2005/06/25 | 米国における生命保険・年金販売と適合性原則 | 土浪 修 | 基礎研マンスリー |
2005/05/01 | 米国401(k)制度における自社株投資と受託者(トラスティ)の義務 | 土浪 修 | ニッセイ年金ストラテジー |
2004/10/25 | 企業年金のガバナンスと受託者責任 | 土浪 修 | 基礎研マンスリー |
2004/05/01 | 米国の投資信託の不正取引と401(k)制度の受託者責任 | 土浪 修 | ニッセイ年金ストラテジー |
新着記事
-
2025年03月25日
ますます拡大する日本の死亡保障不足-「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査<速報版>」より- -
2025年03月25日
米国で広がる“出社義務化”の動きと日本企業の針路~人的資本経営の視点から~ -
2025年03月25日
産業クラスターを通じた脱炭素化-クラスターは温室効果ガス排出削減の潜在力を有している -
2025年03月25日
「大阪オフィス市場」の現況と見通し(2025年) -
2025年03月25日
ヘルスケアサービスのエビデンスに基づく「指針」公表
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
【社会的責任投資と企業年金の受託者責任 -米国の法制、判例、行政解釈を中心に-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
社会的責任投資と企業年金の受託者責任 -米国の法制、判例、行政解釈を中心に-のレポート Topへ