1997年07月25日

「欧州での2つの選挙」

細見 卓

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世界政治の上で目立った出来事は、 英国で保守党が労働党に大敗したことと、 いま一つはフランスで社会党が意外な大差で勝利し、 左派政権が誕生したことである。 英国では保守党が長く政権を握っていたが、 後半においてサッチャーからメジャーへ党首が交代した以降には政治的評価が高まる動きがなく、 逆に保守党内部での欧州通貨統合に向けての対立・混迷が人心の離反を招き、 予想をはるかに上回る大敗を喫した。


英仏新政権の政策
新しいブレアー政権は欧州統合に対しより協調的であるとされるが、 発足早々であり今のところ大きな対欧政策の変更は見られない。 しかしながら、 国内政策については、 旧来の労働党的福祉政策への安易な回帰を排除し、 国民が社会保障の上で安易に惰眠を貪ることを強く戒めている。 一言でいえば、 「社会に貢献することなくば、 社会からの恩恵もない」 というバーゲン (bargain) の思想を強調している。
一方、 フランスのジョスパン社会党党首は、 いわゆるコアビタシオン (保革共存) 政権の政策として、 雇用の安定と保全を第一とし、 国有企業の民営化等をおこなわないことをにおわせている。 かつてミッテラン大統領は政権をとった時に、 自国を他の諸国から切り離し、 社会主義的な内政重視の政策を進めようとした。 そのためフランス経済は大後退し、 その現実の前に政策の大転換を強いられたが、 それを想起させるような大胆な社会主義的政策の採用をうたっている。
これら2つの政権の今後の政策については、 時間の経過をまたなければにわかに判断できないが、 欧州通貨統合を控えて政治経済の緊縮・規律化を優先してきた従来の路線に大きな変更を迫るものとなろう。 現にデンバーでのサミットの場では、 「欧州には米国と違う経済の行き方がある」 と、 米国の自慢に反撥を示していた。


懸念される単一通貨ユーロの行方
世界にはいくつかの資本主義の型があるとされる。 大陸諸国においては、 経済が与える社会的影響をより重視したドイツの社会市場経済、 雇用のための国有企業依存のフランス経済等が、 英米型の効率性重視の市場経済とは異なる資本主義の型として論ぜられ、 第三の途を探る論議を引き起こしたのは予想を超えるものがある。
そうした相違はかねてから認められてはいたが、 新たに生まれてきた国内雇用や賃金の安定・社会秩序の保持を重視しようとする動きは、 対外経済競争力の強化にはつながりがたい。 このままでは近く発足するとみられる単一通貨ユーロは、 財政節度を欠いてドルや円に対して強い通貨の地位を維持するのが困難となろう。 単一通貨の実現によって欧州域内の交易は活発なものとなろうが、 ドル・円の通貨圏の国々にとっては、 それぞれの自国通貨がユーロに対して上昇し、 対欧輸出に支障をきたすような排他性を生む可能性も十分に予想される。
「ヨーロッパが排他的な経済圏になることはない」 と EC 首脳は繰り返し発言してきたが、 EC 通貨がこのような新しい政治体制の下で弱い通貨になり、 ひいてはそれが欧州の域内交易中心主義の塞壁にならないという保証はないように思える。
今、 ユーロを強い通貨とすることやそれを支える健全な財政政策を巡り、 独仏に加えイタリア・スペイン等のラテン諸国・北欧諸国との間で激しい議論が行なわれている。 このことは単一欧州通貨ユーロが強い通貨になるか弱い通貨になるかということにとどまらず、 欧州が真に開かれた経済圏であり続けるか、 弱い通貨の防壁によって地域中心主義の経済圏になるかということにもつながり、 われわれを含め世界各国にとって大きな関心事である。 ヨーロッパの政治・経済政策の帰趨は、 今後の世界経済の運営の考え方をも決定する極めて重要な要因であり、 注意深く見守っていくことが肝要である。

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