1996年07月01日

世界システムの強化

細見 卓

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世界が破滅的な打撃を受ける可能性のある要因として、およそ次のことが人口に膾炙している。
(1)人口の爆発的増大
     世界の人口が、50億人から85億人へも増えた時に、はたして健全な人類の生活が可能であるのだろうか。
(2)核戦争
     自制力を失った核戦争の悲惨さは、想像を超える。
(3)有用資源の枯渇
     これは(1)の人口問題との関連で、ローマ・クラブ提言以来、切実な関心事になっている。
(4)環境破壊
     大気汚染や地球温暖化、世界の砂漠化の問題はどれだけ緊急に取り上げられても、時間に余裕がある問題ではない。
(5)世界の政治・経済システムの破綻
この内、(1)から(4)までの危険については、既に多くの人によって切実に緊急の問題として、論議されているところである。ここでふれたいのは、このような誰の目にも危機と映るほどのものでなく、今世紀二回にわたる世界大戦で大きな犠牲を払って樹立できたものであるにも関わらず、年月の経過とともに影が薄れている、世界の政治・経済のシステム強化と手直しの必要性についてである。

フランスの政治家タレーランは、フランス革命で滅びていく貴族たちを評して、「彼らは何事も学ばず、何事も忘れずだ。」といった。彼らは、革命による新しい秩序の構築に反対し続け、そのため返ってナポレオンという新しい独裁者を生み、自ら大きな惨禍を招いてしまった。第二次大戦後の世界も今のままでは、折角の世界秩序が活力を失い、制度疲労を起こし、新たな混乱を招いてしまう恐れがある。

世界貿易のオーガナイザーであるべきWTOはともかくも発足したが、中国の加盟問題を始め、その前途は実に多難のように見える。国際連合は、平和のための祈りの場と化して、平和実現の有効な仲裁者としての機能が疑われており、それを支える経済的基盤に至っては、極めて脆弱そのものである。GATTとともに、戦後の経済体制の一翼を担ってきた世銀とIMFは、ともに半身付随の状況で、世界の金融・開発を取り仕切る有効なシステムとして役立ってはいない。第二次大戦の終了時に、世界の富の1/4を上回るものを所持して、圧倒的な軍事・政治・経済の全てで指導的大国であったアメリカが、ベトナム戦争と米ソ冷戦の推移の中で、ともに軍事大国であったソ連の崩壊と軌を一にするように、超大国の地位から脱落しつつある。これとともに、アメリカ一国の通貨であるドルを事実上の基軸通貨として、その上に世界の通貨体制を構築しようとしてきたブレトンウッズ体制は、もはやシステムといえるほどの役割を果たしていない。

アメリカの経済力が強大で、その競争力が大きかった時は、その貿易相手国は、外貨-ドル-不足に悩み、国内はデフレ化していた。その後、アメリカが放漫政策に陥って、ドル垂れ流しの状態になると、その貿易相手国は過剰になったドルの下落に悩まされ、国内ではインフレ圧力に悩まされることになった。これらのことは、ドルを基軸通貨とすることのジレンマとして、早くから根本対策の必要がいわれており、それを予測した、かのケインズはパンコール(bancor)という統一通貨の採用を主張していた。その後の世界通貨としてのSDRの創設も所期の効果をあげなかった。統一通貨への指向は、ヨーロッパにおいて緒に就こうとしているけれども、世界全体を対象とするシステムとしてのパンコールのようなものへの論及はほとんどない。一部では、新しいヨーロッパの統一通貨とドルという二大通貨が対立し、G7体制下の国際通貨に混乱を引き起こすのではないかと危倶されている。ドルでない、円を始めとするその他もろもろの通貨が国際通貨としてどのような役割を果たすことができるかというシステムについては、真剣に議論もされていないように見られる。

今更述べるまでもないが、世界の基軸通貨がポンドからドルに移る際、関係者の準備不足と不用意な対応が原因で世界恐慌が引き起こされ、これが貿易戦争、ひいては第二次大戦に繋がっていったわけである。強固な世界政治経済システムの枠組みというものが、世界の平和にとって不可欠のものであることは、真剣に世界経済の将来を考えれば、誰もが思い浮かぶことであろう。

新しい欧州統一通貨の出現は、ドルの一元的世界支配を壊し、円のような周辺通貨に対しては、予測しがたい打撃を与え、ひいては世界貿易の円滑な進展を阻害する恐れすらある。新しく生まれ出ようとする政治同盟や強力通貨の出現を前にして、これらをも含む世界全体の通貨、政治のシステムについて、明確な青写真を持たないことは、暗夜に羅針盤なくして航海する愚と同様である。来るべき国際政治経済システムがいかなるものであり、それを推進するため、日本はいかなる役割を果たすべきなのかを真剣に考えないと悔いを長く残すことになろう。

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