1995年06月01日

閉塞の時代

細見 卓

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オウム真理教に関する疑惑について、真相究明のショッキングなニュースが連日マスメディアを賑わしている。まだ、全貌が把握されておらず、またどのように根本的な解決が図られるのかについて、十分に事態が明らかにされていないために国民は不安に駆られている。治安維持の責任者である警察庁長官が瀕死の重傷を負わされたことも、日本は治安状態に関しては、全く安全であるという考えを根底から覆す事件だった。国民の間には社会の安全が本当に守られているのかという不安がわき起こっている。そして、このような出来事は単に治安の面だけでなく、日本の社会は均一な人間関係で結ぼれているという日本民族の伝統的な一体感すら崩壊させてしまったかのような不安を感じさせている。

一方で、経済に目を向けると、かっての土地神話や高度成長の神話がもろくも崩れて、強力な経済の回復が可能なのかという不安を招いている。会社に入社すれば終身雇用が保証され、また高度な国民経済の発展に支えられて豊かな福祉社会が実現できるという確信に満ちた期待もかなり揺らぎ、国民は明日の生活について自信を喪失しているようにみられる。

確たる解決策が明らかにされず、いわば閉塞状態にあるのは国内だけでなく、対外関係、国際関係においても同様で、展望が明らかにならない閉塞状態が幾多も見受けられる。日米関係においては、冷戦の終結とともに、どのような新しい日米関係が築かれるべきかについて展望や政策が示されてなく、これが最近の日米交渉における混乱を招いている。また、アジア諸国との関係においても、日本は戦後、特定の国を敵としない、いわゆる全方位外交ということでほとんど全ての国と親善を心がけてきたが、今振り返ってみると確かにこれという敵対国もないが、同時にその微温的な態度のために、これという強力な友人国家ももつことができていない。欧州のEU統合は、その成否はともかく、最終的な目標が明確であるのに対して、アジアにおける日本を取り巻く国際関係は前途が不可測で、むしろ幾多の対立の萌芽がみえていることはあまりに対照的である。

今秋にはAPECの首脳会議が大阪で関かれるが、日本が果たしてリーダーシップをとってこれら諸国の友好と連帯を促進することに大きく貢献できるのだろうか。そもそもアジアの将来について、日本は、中国と米国との関係の中でどういう位置を占めるのか、またインドネシア、タイ、ベトナム、マレーシア等の東南アジアとの関係、更には韓国、北朝鮮、ロシア等の北東アジア諸国との関係についても明確な展望をもっておらず、そうしたヴィジョンのない国が議長国として全体の融和を促進していけるのか心許ない。

更に気になることは、こうした内外における閉塞状態下にあって、解決の緒が今の所みえないだけでなく、この閉塞状態を切り開いて確かな未来を築いていこうという気運や気概が国民の間で盛り上がっていないことである。確かに最近の地方選挙では、既存権力への拒否反応や破壊の意志は示されたが、破壊後の建設の新たな展望が全く不明である。ヴィジョンや改革の意欲もないままにただ破壊を進めていては、いたずらに混乱した閉塞状態を長引かせるだけであろう。

世紀末という言葉はあまり好きではないが、あと5年足らずで20世紀が終わるこの時期に、18世紀末から始まった産業革命が生産の拡大、富の蓄積、自然と資源の消盡により進めてきた開発が大転換を余儀なくされようとしており、またこれが真に人類の幸せを意味するものであったのかが問われている。2000年に始まる新しい千年が至福の千年となりうるか否かの大きな岐路といえる。そういう意味ではまさに大きな“世紀末”かもしれない。昨今の政治、外交、経済の不安は世紀末という言葉を使おうと使うまいと我々当代の人間のよほどの奮起なくしては、乗り越えることができないほど根本的なもののようである。こうした不安は早く吹き飛ばしたいものである。

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