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- 阪神大震災に思う
地震国日本の宿命とはいえ、兵庫県南部地域に大地震が発生し、多くの死傷者や家屋、家財等広範囲にわたって甚大な被害を受けたことについて、心からお悔みを申し上げたい。被災地域の人達の復興への強い意欲が実って、回復の緒につきつつあることは不幸中の幸いである。また、被災者の沈着な対応やボランティアの人達の活動については、等しく内外の賞賛を得ている。
しかしそれに反し、当時の状況が徐々に明らかになるにつけ、多くの批判、非難の声が中央政府の状況把握と対応の遅さ(自衛隊を含む)やその決断の混乱振りについて集中し、村山内閣の危機管理能力の存否を問うほどになっている。さらに世人の批判が最も厳しいのは、県や市という地方自治体の対応の不適切さや指導力の欠如についてであり、国民各層の怒りすら招いている状態である。いわく災害対応のマニュアルが不十分であったとか、予想を上回る強度であったとか、あるいは災害予防の施設が損壊したとか理由はいろいろあるようだが、結果として対応の遅れと混乱を招いたのは棄に残念である。
今回の一連の事象をみていて、私はふと旧満州北西部で起こったノモンハン事件における惨憺たる日本軍の対応を思い出した。古いことでご存じない方も多いかも知れないが、これは日本軍にとり初めての近代装備の強力な軍との交戦となった戦いである。当時のソ連軍の機械化部隊の軍事力は、日本軍の安易な予想を大きく上回り、このため日本軍は大混乱し壊滅的打撃を被った。その後、勝者であるソ連軍の将軍の回顧談として伝えられるところでは、日本軍の兵隊の戦いぶりは真に勇敢で、下士官の戦場における指揮は実にできぱきとしたものであった。それに比べて、将校達は混乱に陥り、将軍に至ってはその極みであったといわれている。
この戦争の惨状と同じような事象が、阪神大震災における対応にもみられたと言わざるを得ない。かって日本軍は無敵を誇り、その軍事力は世界に冠たるものであるといっていた自負心は、日本の耐震の土木建築技術は世界に冠たるものであり、大地震にも耐えられるとしていた自負心と同じ性質のものである。予想外の打撃に対して、上層部がリーダーシップを欠き、ルーティーンにこだわり、いたずらに混乱を拡大した様は、数十年の歴史を経ても日本社会から抜けきらない体質となっているといわなければならない。日本の意思決定方法がボトムアップであり、また全会一致という手段によるため、変更あるいは新しい行動を起こすのに時間がかかったのであろう。加えて、平時であれば詳細なマニュアルと組織化により、各々の分担を明確にし、それを全うすることで全体として一致した行動をとるやり方が最も効率性を高める方法であろうが、その前提が大きく崩れた緊急時には、環境の激変に柔軟に対応し、状況に応じて創意工夫し、指揮していける臨機のリーダーシップが確立されてないと組織が混乱に陥ることになる。今回も県や市の対応は混乱を極めていたといわれており、中央政府に至っては事態の把握すら十分ではなかったといわれている。
ノモンハンで敗退した日本軍は、その敗戦の教訓を活かすことなく大戦の敗戦を迎えたが、阪神大震災では、この災害を契機に政府の危機管理能力が飛躍的に強化され、指揮、命令等の的確さ、機敏さが今後大きく改善されることを期待してやまない。
今回の地震に関し、世界各国から多くの同情や悔みの意が寄せられている。同時に、経済分野でやや優位であることに慢心していた日本が、このような災害に遭遇し、政府、地方自治体における危機管理能力の欠如と、市民レベルの世界にも類を見ないような対応という全く異なる二面性をみせていることに対し、強い関心が寄せられている。1980年代に唱えられた臼本脅威論は姿を消し、今や日本衰退論のようなものが海外で論じられている時に、まさに日本は本来の社会の向上心と困難にもめげない強靭性、及び調和社会の健全性を諸国にみせる絶好の機会とすることが是非必要であり、政官民上げて懸命に、あらゆる面での復興に取り組まなければならない。もしそれに失敗すれば、日本は各国から、世界で重大事が起こった際に、真に信頼され、指導国としての役割を任される地位から、自ら脱落していくことになることを肝に命じなければならない。まさに、日本人の持つ独創性と構想力、及び勤勉さが試されているのである。何としても日本衰退論を勢いづかせることがあってはならない。政治の指導力が今ほど問われている時はない。
(1995年03月01日「調査月報」)
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