1993年10月01日

規制緩和

細見 卓

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政治全体が生活者重視という方向に向かっており、また、増大する貿易黒字削減の対策として他に即効策もないままに、今回の規制緩和政策が各方面で関心を集めている。

新しい政権が規制緩和を行う上で次のような三つの観点が重要であろう。第一は、規制緩和は官庁の縄張りと繋がっており、長い間喧伝されながらも官僚の抵抗にあってなかなか実行されなかったということである。更には、業界側も長い間規制によって保護されてきたわけであり、こうした業界が素直に既得権の放棄を認めるのかということである。第三には、規制緩和は市場原理の貫徹をもたらし、消費者にとって価格や選択の基準が拡大するメリットがあることは事実であるが、長い間の規制によって消費者自身もやや無気力、無感覚な規制依存体質になってしまっているということである。新政権はこうしたことを総合的に考えながら、規制緩和の政策実施の緩急と分野別の選択を上手に行わなければならない。既に自民党政権のもとで、何回となくこの問題に正面から取り組みながら実現までに到らなかったという事実を直視し、よほどの覚悟を決めなければ、期待外れに終わる危倶もあろう。

いわゆる政・財・官の鉄の三角形を本当に崩せるのかということであるが、官僚の縄張り主義と業界の保護要求の依存体質をなくすには、強い政治的な行動と一般生活者からの強い支持がなければ不可能であろう。現状を見れば、既に役割の終わった行政目的、例えば食管制度や通信・運輸等にからむ制限・規制の類については、その廃止が強く求められるところであるが、受益者側からの改善要望の声は充分ではない。また、品質・規格・検査といった事柄については日本独特な基準を定めている諸制度が多く存在し、自由な輸入を行う上で大きな障害となっているが、これらについても国民からは強い反発は未だ起こっていないように見える。この為手厚い保護と規制のもとにある産業は、為替レートがいくら円高に進んでも殆ど影響を受けず、多少の影響がある場合でも更なる規制の強化や保護の拡大を求めるという姿勢に終始してきた。一方で今回の急激な円の騰貴は、自動車産業に代表されるように日本の産業としては最も生産性が高く、国民経済の柱とも言える産業に最も大きな打撃を与えている。これまでは技術開発、エネルギーの節減や一部生産の海外移転等の企業努力によって円高を克服してきたが、今回は国内での生産を全面的に断念せざるを得ない状況にまで近づいて来ているようである。

こうして日本産業の空洞化が進めば、国内に残された産業は規制によって保護されたり、価格補助のようなものを受けている競争力のないものだけとなり、競争力のある産業はすべて海外に出てしまうことにもなりかねない。確かに日本産業の海外生産の割合は他の先進工業国に比べはるかに低いといわれるが、現状の円高が続けば企業の生産活動の大幅な海外移転は避けられないであろう。加えて日本産業は全体として成熟期に入っており、これまでのような高度成長を維持することは困難である。就中最近の企業収益の凋落ぶりは目を覆うばかりであり、やがて迎える高齢化時代に日本産業の活力がこのまま維持できるか甚だ心配である。

このように円高が進んでも日本の国内には、購買力平価で見れば1ドル=200円近い財やサービスが多く存在し、そうした財やサービスを提供する産業は規制や価格補助によって輸入品等との競争から保護され、内外価格差の原因となっている。平たく言えば、我々は1ドル=100円のレートで輸出を行ってお金を稼ぎ、200円で財やサービスを買っていることになり、これでは国民の生活が楽にならないのは明らかであろう。つまり、これまでは生活者の犠牲のもとでこうした産業を養ってきたということである。様々な規制の数や競争力のない産業に対する補助金はさほどのものではないと考える人もいるかもしれない。しかしながら、それらを集積すれば、許認可件数では1万件を超え、補助金は数兆円規模に達しており、極めて膨大なものとなっている。

生産性の高い産業が国内で営々と生産を続けられ、国民が充実した生活を送れるには、規制によって不当に保護された産業を思い切って開放し、円高のメリットが国民全体に均霑されなければならない。その為には規制緩和政策以外には解決策はあるまい。こうした経済の基本について我々はもっとよく考え、これまでの何でも「御上」を頼りにする体質は根本から改めなければなるまい。そういう観点からも新前川レポートの成功を切に期待したい。

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