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政治的混乱の最中にサミット会議を終えたわけであるが、わが国がこのまま曖昧な姿勢で対外経済関係を放置しておくことはできない。このような状態で事態を放置すれば、世界の先進工業国の一員としての資格を疑われ、更には日本特殊論の容認にも力を貸すことになろう。また、国連安保理事会の常任メンバーになるとか、世銀・IMF等の国際機関で重要な役割を果たすというような戦後築き上げてきた役割についても不適格の烙印を押されることにもなろう。
そもそも国際貢献という言葉が示すように、日本はとかく国際関係から一歩腰を引いているような態度が多く、困難な問題については先送りが続いている。しかしながら、これまで冷戦による同盟国間の協調第一主義の下に見逃されていた日本の様々な不義理が、もはや見逃してもらえなくなってきているのである。
その第一がGATT、ウルグアイ・ラウンドに対する態度である。これまで米欧の農業問題に関する対立を奇貨として日本は最終的決断を避けてきたが、米国は既に年内決着の肚を固めたようであり、欧州も農産物問題について譲歩の決意を下したようである。残されているのは日本自体の決断であり、ここで日本だけに例外を認めさせるような特別の扱いを要求すれば、国際的な非難を招くだけであろう。日本の新聞等の報道では、農業問題で大きな犠牲を払うのはわが国だけであり、その犠牲は余りにも大きいというようなものが多いけれども、工業製品やサービス貿易・知的所有権等の分野においては、発展途上国が払う犠牲の大きさに対して先進工業国が享受する利得は大変大きい。言うまでもなく、交渉は相互に譲歩しながらその得失のバランスを図るのが眼目であり、自己の利益に固執し特殊論を主張すれば、交渉が成立しなくなるのは歴史の教えるところである。農産物について完全関税化か、その中途の段階での妥協が可能かは定かではないが、いずれにせよウルグアイ・ラウンドの交渉成立を期して今秋には日本の最後の決断を下さなければならない。
第二の決断はAPEC(アジア・太平洋経済協力閣僚会議)とその他の地域共同体構想にどう対処していくのかということである。今秋シアトルで開催されるAPECの総会では、東南アジアや北東アジアを含む太平洋諸国の地域貿易機構の樹立について、ほぼ最終段階を迎えるものと思われる。NAFTA(北米自由貿易協定)の不調によって米国の関心が再び大きく太平洋に注がれているこの時に、将来の繁栄を約束する最大の地域貿易機構に対して日本がどのような貢献ができるのかがその成否の鍵を握っているといっても過言ではない。その態度の表明が今秋のAPEC総会で要求されているのである。マレーシアのマハティール首相が提唱するEAEC(東アジア経済会議)については、その排他性に問題があるとしても単にその狭い地域主義を理由にしてこれを拒否し続けることは、この地域に盛り上がりつつある地域経済圏の樹立に日本が水を差すことになろう。また、ECが排他的な地域主義に陥るかどうかは今後の推移によろうが、東欧との新たな対立を招いている共同体の現状をみれば、その開放性について楽観はできない。こうした地域共同体に対して日本がどういう形でその地域への協力と対応を進めて行くべきか、決断の時を迎えている。
第三の大きな決断は、日本の貿易黒字問題である。欧米諸国の言うところの「日本は、輸出は自由貿易、輸入は保護主義とするダブル・スタンダードの国である」という批判は受容することはできない。しかしながら、日本の輸入については、製品の基準やその品質等において特別な規制が多く、それが輸入の障害になっていることは認めざるを得ないであろう。また、系列の問題や商慣習についても、市場への参入の自由とかそのルールの透明性において一層の改善努力を必要としていることも事実であろう。日本が特別な規制社会であるとか、しかもそれが必ずしも明瞭なルールや基準に基づいていない等という批判に対して、政治改革が行われるこの機会に思い切った既得権の削減とルールの透明化によってこれを押し進める決断が必要となっているのである。
以上三つの日本の対外経済姿勢に関する決断について述べた。これらの決断は一部の既得権者にとっては大きな痛手となろうが、一般国民にとってはむしろメリットになることであり、また、昨今言われている円高差益還元にもつながるものである。三つの決断は、いずれも年内の早急な決断を要するものであり、今年は日本の対外経済政策の決断の年と言えるのではなかろうか。
(1993年08月01日「調査月報」)
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