1993年06月01日

通商戦国時代を避ける

細見 卓

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先頃、東京で行われた「G7経済と多角的世界貿易システムの行方」と題する日米欧の旧政策担当責任者たちの会合に出席し、他のパネリストからの厳しい展望を聞いて強いショックを受けた。それは、次のようなものであった。

『世界景気の全面的下降と国際競争の激化によって、自国政府に行動を促す声が世界中で高まっている。これに対し、確たる展望のない政治家が慌てふためいて、効果的と思って飛びつく政策は、概ね自国中心主義に傾いたものばかりとなっているようだ。こうして貿易政策における保護主義的な考え方が徐々に定着してきている。

最近の米国にみられるごとく、自国の経済困難を相手国の不公平さに基づく被害であるとしてそれを糾弾する場合は、国内的には何の政治的な反撃も受けず、自信のない政治家が好む方策である。一方、欧州についてみれば、ECの統合・拡大による繁栄・発展の夢は虚しく破れ、今や不況の風に晒されている。更に米欧の関係をみれば、両経済圏の経済関係はこうした保護主義の台頭もあって疎遠さを増し、相互依存関係も弱まっている。安全保障の面においても、ソ連の崩壊によって欧州は米国離れの方向にあり、今や欧州は軍事的にも経済的にも米国から離れた独立の主体になろうとしているようだ。この結果、米欧の経済関係はそれぞれの相手国に立地する多国籍企業を中心に行われるようになり、貿易の役割そのものは小さくなり、通商面での欧州に対する米国の圧力も殆ど働きにくいものとなっている。

これに反して、日本や東南アジアの国々の経済活動は唯一活況を続けており、日本の1300億ドルという貿易黒字を筆頭に、全体として黒字基調の、成長性の高い経済圏を形成している。しかしながら、政治・軍事面では米国への依存は大きくなることはあっても小さくなることはなく、むしろ冷戦終結によってアジアにおける不安定さは増し、米国に対する政治的、軍事的依存度はより高まっている。このように政治・軍事面では依存度が高く、一方で経済的には米欧の基盤を崩して繁栄しているのがアジア地域の現状といえる。

世界の安全と貿易の保護者として1940年代以来君臨し続けてきた米国は、現在の難渋する国内問題のために、その普遍的無差別貿易主義の思想的リーダー役を今や捨てかねない状況である。米国が制度の守護者としての権威を喪失し、自由無差別貿易の牙城ともいえるGATTもその威光が衰え続けてから久しい。かつて、ディロン・ケネディ・東京ラウンドと引き続き成功してきたGATTの強化策も今回のウルグアイ・ラウンドでは停滞している。これは、GATT強化に対する参加国の熱情が弱まるほど各国の利害対立が激しくなっていることが主な原因である。三大通商圏である日米欧のうち既に欧州は内部問題が先行してGATTへの興味を失い、米国もNAFTAという地域経済圏の強化に目を向けている。地政学的にみて、地域統合が最も困難な地域にある日本は、ウルグアイ・ラウンドの成功、GATTの活性化に国の命運が懸かっているともいえる。それにも関わらず、今迄のところ日本からの積極的な提案や強い促進への意欲が見られないのは、誠に不可解であり、ひいては日本が徒に孤立化への道を辿ることになろう。通商戦国時代となれば、自由貿易によって最も恩恵を享受している日本が最も打撃を受けるのは自明であり、日本の奮起なくしては、米国がGATT強化にもう一度立ち戻ることは期待しにくいであろう。日本の朝野をあげての熱意が感じられないのは誠に残念である。』

長くなったが、以上のような議論を聞いて改めて痛感させられることは、技術と労働力には優れるが、エネルギー、食料、原材料の殆どを海外に依存する貿易立国の日本にとって、地域主義でない無差別な自由貿易体制があってこそ日本は繁栄を維持できるということである。冷戦が終結して世界が多極的な勢力関係、つまり、バランス・オブ・パワーの国際関係に移行し、各国間の利害衝突についてはお互いが最大限の努力を重ねない限り、世界の平和が維持できない時代となった。その各国間の利害衝突の中心は経済であり、通商貿易面であることを考えれば、通商戦国時代への突入はあらゆる努力をもって限止しなければならない命題であろう。

(1993年06月01日「調査月報」)

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