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今年度の日本の経常黒字は、政府の予想を大幅に上回ってほぼ倍増する見込みのようである。今回の黒字増大の特色は、特に際立った輸出ドライブに因るというようなものではなく、むしろ数字そのものを見れば、輸入の減少と為替相場の変化に由来している。又、その減少も金・絵画・高級車といったいわば特殊な商品の輸入減であり、更には石油の輸入価格が低めに安定していることに因るものである。
従って表面の数字を見る限りは、国としての対応策が採りにくく構造変化による黒字の自然減を待つ以外なく日本の貿易政策には責めがないかの如く見える。しかしながら、実際のところこのままこの黒字を放任することができるであろうか。例えば、昨年(歴年)の米国の貿易赤字総額は1017億ドルであり、この数字は米国の景気停滞もあって今年は600億ドル前後に減少するものと予想されているが、この赤字に占める対日収支は、昨年は411億ドルと全体の40%に達し、更に今年は1-7月の実績で何と全体の貿易赤字の七割を超す勢いとなっている。
こうした日本の黒字は、先に触れたように日本側の特別な輸出ドライブに因るものではなく、日本からの工作機械・電子機器、更には自動車の輸入までが米国経済構造の中にすっかり組み込まれ、抜き差しならない状態になっている為である。とりわけ米国のビッグ3の不況やシェアダウンの中にあって日本の自動車産業と部品工業が単に米国でのシェアを伸ばすだけでなく、その対米貿易黒字が年率300億ドルになんなんとする巨額に達していることは米国政府にとってもはなはだ容易ならざる問題と映るに違いない。
ブッシュ大統領の訪日が取り止めになったことは、こうした事態の改善に目立った手が打てないという一面もあったことは否定できず、議会を中心に再びジャパン・バッシングの問題を喚起する危倶も大きい。日本の対米黒字がこのように大きいのは、米国の過大な消費や長期的観点に立つ投資活動の欠如に因るところが大きく、又、日本の貯蓄額の大きさが貿易黒字に跳ね返ってくることは理屈として避けがたい。しかしながら、ジャパン・パッシングのような現象は経済合理性より感情にもとづくところが大きく、これからの日米関係の主要な摩擦の種となる恐れがあり、日本側も真剣かつ早急な対応が必要であろう。
更に今回の日本の黒字増大は、単に対米国のみならず、対EC、対アジアとの関係においても例外でない。かつて不倒の貿易黒字国であった西独もついには黒字国でなくなり、又、日本の対EC黒字は機械・電子機器・自動車の輸出といった持続的な需給関係を反映するものであり、ECからの輸入の飛躍的増大を図らない限り貿易バランスの大幅な改善は難しい。このままではECが対日警戒感を更に強め、保護主義に陥る懸念も大きい。先進国との貿易に大きく依存する我が国にとって、対米国・対EC貿易関係の円滑化は不可避の選択であり、この為には思い切った決断と犠牲も辞さない覚悟が必要であると思われる。
一方、アジア諸国との関係を見れば、東南アジア諸国が工業的自立を図る為には日本からの機械類の輸入は不可欠であり、それは今後共益々増大して行くものと考えられる。拡大ECが域内自足型の経済政策を採る可能性もあり、又、北米自由貿易協定は米国・カナダ・メキシコという広大な地域に広がろうとしており、この結果として東南アジア製品のこれらの地域への輸出に多大な支障をきたす恐れもある。とすれば、アジア地域の今後の経済発展を可能にするには、日本の役割に負うところが大きく、これらの地域に日本が門戸を開き外貨獲得の市場を提供することが不可欠となろう。さもなくこのままこの黒字を続けるとすれば、日本の孤立化はもとより、東南アジア諸国の健全な経済発展を阻害することになろう。
以上の如く、日本はその市場を思い切って開放し、先進国との間の水平貿易はもとより東南アジア諸国との貿易でも工業製品の積極的な購入を図ることが日本の貿易政策における唯一の選択といえよう。前川委員会において夙に提言されたように日本の輸入市場の障害を除去し、内需を拡大し、世界経済との共同の利益を図ることは我が国の至上命題とされてから久しいが、内外の二重価格に対し目立った手だてが打たれず、国内におけるカルテル的価格操作も弱まったという兆候は見られない。ある意味では自由な市場が最も必要とされているのは我が日本ともいえるような状態で、外に向かって通商の自由と市場の開放を求めればダブル・スタンダードの国という恥づべき指摘も被りかねないであろう。ウルグアイ・ラウンドをめぐってコメの市場開放は今や重大な局面を迎えているが、コメの問題は対米貿易問題でもあるがより基本的には対アジア貿易問題であることも決して忘れてはならない。
(1991年12月01日「調査月報」)
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