1991年07月01日

中国所感

細見 卓

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中国国務院の直轄調査機関である中国現代国際関係研究所の招聘により共同通信社論説委員の松尾氏と共に中国を訪問した。

今から二年前、中国社会科学院とニッセイ基礎研究所との共催で高齢化時代に両国が当面する問題について検討した時、多数の参加者から一人っ子政策に伴う中国の明るさに欠ける展望について多くを聞かされた直後に天安門事件が起こった。その時の参加者からの悲鳴に近い訴えは中国の真実の叫びであったことを今も痛感している。

今回の約一週間に亘る北京・上海・香港訪問は、その後二年を経過し中国社会がどのように変化しその矛盾がどのように解決されているかを見る良い機会でもあった。

北京においては、朱鎔基新副総理や元駐日大使の符浩氏等と面会する機会を持ち、その後の中国社会について権威ある話を聞くことができた。印象を結論的に言えば、天安門事件に驚いて非常に抑制的な政策が採られた社会経済情勢が、現在はやや本来の改革前進の方向にむかっているということである。中国の言葉で言えば「温飽から小康へ」というスローガンに見られるように、生活の最低限度は充足され社会は安定を取り戻しているように見られた。つまり、安定団結ということが国のスローガンであり、国内経済を調整してインフレを収束し、対外的には米国を除く殆どの西側諸国並びにソ連との関係を修復し対外開放路線を徐々に進めていく体制と見えた。

しかしながら、神学論争ともいうべき計画経済か、市場調節かという問題については妥協が図られているとはいうものの、根本的解決には未だ至っていないようである。又、中央と地方、就中沿海地域と内陸地域との利害対立の問題についても安定団結というス口ーガンのもとに当面の妥協が図られているだけである。経済調節に伴う国営企業の不振と価格騰貴を抑制する為の補給金の巨額化によって国家財政は大きな赤字危機に遭遇しており、それらに対する具体的解決は今後の課題となっている。その中にあって、朱副総理が農業改革の重要性を強調していたのが印象的であった。中国の増大する巨大な人口と工業化に伴って縮少していく農地の問題を解決するには農業の生産性を飛程的に改善しなければならない訳であるが、このことについて中国当局も真剣に悩んでいる感を深くした。

表面的には確かに経済の安定が図られており、国民生活も徐々に改善されているようであったけれども、計画と市場調整(プライス・メカニズム)、中央と地方の格差、更には貧富の格差の拡大という現実を克服していく仕事は、巨大な経済であるだけにさほど容易なものとは考えられなかった。経済の活性を維持する為に鳥籠経済的(計画経済・命令経済的)抑制策を避けながら均等ある発展を続けていくととの困難さについて、中国前途はさほど淡々たるものとは見えなかった。既に東欧やソ連においては、計画経済から市場経済への移行にあたって両者の矛盾と衝突の為に大きな困難に遭遇しているのは周知のことであるが、中国のように四つの基本原則という共産主義政治体制を維持しながら、どのように市場経済を採り入れるかは今後の大きな実験である。その成功が、ひいてはアジア・太平洋地域のバランスのとれた経済発展にとって最も重要な事の一つであるだけに我々は深い関心を払わなければならないであろう。

帰途、香港に立ち寄ったが、ここでは1997年の返還を前にして論議が紛糾しているのを目撃した。最終的に、香港の人々が言うところのコンフィデンスが回復されて円滑な復帰を図っていけるかどうかは、あげて今後の中国と英国の対応の実際を見なければならないが、返還を間近にして英国の政策が若干混乱している感を拭えきれなかった。そういう意味では、フランスが植民地を手離すにあたりアルジェリアやインドシナで武力衝突を引き起こしたのに比べて、英国は今までのところそのような激しい武力衝突といった混乱を引き起こすことなく返還独立を認めてきたけれども、同時に英国が去るにあたって取った措置はインド・パキスタン、マレーシア・シンガポール、ケニヤ等において見らるる如く必ずしもその後のそれらの国々の平和的秩序を約束したものではなく、独立後幾つかの葛藤を引き起乙して来た。このことが香港の将来を決める英国の政策の中に再び繰り返されないことを切に期待したい。北方四島もさることながら香港・台湾の将来は日本にとっても最大の関心事と言わねばならぬ。

(1991年07月01日「調査月報」)

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