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湾岸戦争は、多くの識者の予測に反して結局軍事衝突にまでエスカレートしたが、これまた多くの人の予測に反して、わずか100時間の地上戦闘により多国籍軍にとって軽微な損傷で終わったことは慶賀に堪えない。前々回も述べたごとく、この戦争は言わば冷戦後の新しい時代を如何に築くかという狭間に起こったものであり、多くの人達にとってタブーに近かった武力衝突によって終結した意味は非常に大きく、その影響は長く尾を引くことになろう。
その意味においては、日本の新しい世界情勢下における役割について二回の国会が開かれたにもかかわらず、国民的な役割についての国民的なコンセンサスができなかったことは誠に残念である。日本の地位の向上に伴う国際的な役害を新時代の中で模索していた所謂国際責任重視派と言われる考え方に対して、冷水を浴びせた結果になってしまった。米国の議会を中心に同盟国日本に対する評価は大巾に低落し、対日不信感にも近いようなものがみられるようになったことは、130億ドルにものぼる巨額な負担をこの戦争のために担った日本人にとっては、何とも釈然としないものがあろう。
あえて政治家の役割を言えば、昨年8月当初において米国議会には四割を上回る参戦反対があり、人質問題あるいはイラクの軍事力へのマスコミの過大評価の中にあって、ブッシュ大統領は辛抱強く世界の大義と米国の世界における役割を主張し続けて、参戦時には国民の賛成八割、議会の全会一致支持を獲得したことが思い起こされる。日米において、政治家の役割とか姿勢が何故こうも違うのだろうかと思わされる。日本の政治家の無力さや不見識が言われて久しいが、未だこれほど資質の差をみせつけられたことはなかった。「政争は水際まで」が古今東西を通ずる鉄則でもあるにもかかわらず、日本においてはこのことが期待できないということは、日本の政治的成熟度の遅れと言うより政治家及び国民の心構えの基本的欠陥と言えるもので、果たしてこのままでいいだろうかとつくづくと考えさせられた。
いずれにしても湾岸戦争の修羅場はあっという間に終り、これからはむしろ戦後処理や世界の新秩序構築につながる複雑な難しい時期に入る。英国のサッチャー前首相の言にあるように、我々は20世紀の一番難しい10年に入ろうとしている感が強い。この戦争のために折角の改革を難しくしたものは、国連組織と言うべきであろう。国連運営の中心をなす安全保障理事会は第二次大戦の戦勝国そのものが主たる構成であり、ソ連とか中国とか必ずしも国連支持の協調体制を国是としていなかった国々の考え方がそのまま国連の意思決定の場に持ち込まれ長い間半身不随の状態であったが、その構造は基本的には直されていない。たまたま今日はソ連が自由世界からの経済援助に頼らざるを得ない状態であり、中国もまた経済困難克服のためには、西側の協力が不可欠であるという状況において、今回の安保理事会の対応が可能になったわけだが、今度の地上戦突入前後のソ連の自己の影響力保存を狙った和平の動きに代表されるように、米ソのイラク対応をみても世界が全く新しい米ソ協調の時代に入ったともみられない。安保理事会あるいは国連組織を真に有効な国際組織に作り変えていく問題は、アメリカに次ぐ経済負担国である日本とドイツを如何に組み込むかを中心にこれから真剣な検討が行われることを望みたい。今回は、緊急の対応として組織の根本的欠陥に触れることなく放置されてしまったことは我々にとって不幸であったと思う。
今度の戦争によって非常にはっきりしたことは、イデオロギーが国際問題を裁く中心的役割を持つ時代は終わったことである。アラブの大義を唱えるアラブ諸国が二つのグループに分かれて争った点や、ソ連や中国が動機はどうであれ国連の統一行動に異を唱えなかった点がその証左として挙げられよう。更に言えば、多くの不満や問題点を含んでいるとはいえ、現行の国家そしてその国境というものをあからさまに打ち壊すことは、国際的に認められないし、武力の威嚇をもってその企てを実現することは許されないということを米国が強い意思によって世界に示したのは、今後の世界経済の安定、冷戦後の世界秩序に望みを与えるものになった。
国際的正義を振りかざすかつての覇権国的な行為というのも、もはや一国の力では実施できない、具体的に言えば、米国が武力行使担当国になるがその負担は日本、ドイツ、サウジアラビア、クウェート等の支援なくしてはできないことがはっきりした。このようなことは、あらかじめの論議なしに起こったことであるが、世界の新しい局面、今後の在り方を示唆するものとしてかなり明確になってきた気がする。今後のイラクを含む中東の平和機構、ソ連東欧の政治的経済的決着、アジアの不安定な状況等、世界に残された問題は多く、容易な解決策は見出し難い。湾岸戦争は終わったが、流動の世界が始まったという感を濃くする。
(1991年05月01日「調査月報」)
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