コラム
2019年02月01日

「機微技術」をめぐる米中攻防戦~安全保障か経済か、厳しい選択を迫られる日本~

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

中村 洋介

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1――貿易で折れても、覇権争いでは決して折れない米国

米国と中国の貿易摩擦、そして覇権争いがエスカレートしている。その影響もあって、中国の経済指標の悪化が目立つ。中国の2018年自動車販売台数は28年ぶりの対前年比マイナスに沈んだ。1月21日に発表された2018年の実質GDP成長率は6.6%増と、こちらも28年ぶりの低い水準となった。日本に目を向けても、中国向け工作機械受注等が減速。1月中旬には、日本電産が中国の需要低下を背景に2019年3月期の業績予想を下方修正し、一転減益見通しとした。マーケットは日本企業への影響を懸念している。海外投資家からは日本株は景気の影響を受けやすいと見られていることもあり、売りを浴びやすい地合にある。

米国は、中国との貿易に関する協議で合意できない場合、2,000億ドル分の制裁関税を10%から25%に引き上げるとしている。これまで、制裁関税の応酬を繰り広げてきたが、実体経済に影響が見られ始め、金融市場にも懸念が広がっていることもあり、米中の景気共倒れリスクを回避する方向で双方歩み寄る可能性もあろう。

しかしながら、知的財産等、ハイテク覇権に関する事項に関しては、そう簡単に折り合うことは無さそうだ。米国のペンス副大統領が2018年10月にハドソン研究所における演説で、中国を痛烈に批判したことは記憶に新しい。中国に覇権は渡さない、対立も辞さないという強いスタンスは、トランプ大統領の「ご乱心」では決してない。議会等、「米国指導者層の総意」と受け止めるべきであろう。経済・産業だけでなく安全保障に直結しかねない先端技術、知的財産に関する事項は、とりわけ強硬なスタンスで臨むであろう。

日本においては、これまで好調だった企業業績に影響する米中貿易戦争の行方が注目を集めていたが、これからは米中ハイテク覇権争いのあおりを受けないか、という点に注目が集まりそうだ。

2――厳しくなる米国の機微技術管理

米国の機微技術管理が厳しくなりつつある。機微技術とは、武器や軍事転用可能な技術のことを指す。米国が「技術を盗もうとしている」と警戒する中国を念頭に、安全保障にも影響するような最先端技術の流出を防ぐ対策を強化している。
(図表1)米国が規制を強化しようとしている新興技術分野 2018年8月に成立した国防権限法1に盛り込まれる形で、対米投資規制を強化する外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)と、輸出管理規制を強化する輸出管理改革法(ECRA)が成立した。FIRRMAを通じて、外国企業の対米投資を審査している対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化した。例えば、従来は合併や買収のように対象企業を支配するものを審査対象としてきたが、FIRRMAによってその対象が拡大し、少額投資であっても米企業の重要技術等にアクセスが可能となる場合は審査対象になる。また、ECRAでは、今まで輸出規制で対象となっていなかったAI等の新興・基盤技術の輸出管理を強化する、つまり米国政府の輸出許可が必要となる方向性が盛り込まれている。足もとでは、対象となる新興・基盤技術の特定に向け米国政府で検討作業が続いている。2018年11月には、新興技術の特定に関してパブリックコメントを実施、14の技術分野を示した上で、意見を募集した。そこで示された技術分野では、バイオテクノロジー、AI、ロボティクス等、足もと世界的に注目され、スタートアップ等がこぞって取り組んでいる先端技術分野が含まれている(図表1)。まだ本格的な実用化や製品化に時間がかかる先端技術にも管理対象が拡大することになり、従来の「安全保障上の理由」「軍事転用への懸念」の解釈が拡大しつつあるように見受けられる。
 
1 The National Defense Authorization Act 2019

3――日本にとっては、「米国との安全保障」か「拡大する中国との経済取引」か、という厳しい選択

米国の念頭にあるのは中国だが、今回の規制強化によって日本企業も影響を受けそうだ。
例えば、中国企業と合弁企業を展開する日本企業が、米国企業へ少額出資をしようとした際に、米国から厳重な審査を受ける可能性がある。

また、米国企業と米国内で先端技術に関する共同研究を行っている日本企業が、その研究成果を国外に持ち出す場合や、その成果を用いた製品を中国に輸出するような場合に、米国政府の許可が必要となる可能性がある。

日本は、米国と中国という2つの経済大国と経済面で相互に大きく依存し合っている。サプライチェーンは複雑に絡み合い、国境を越えたビジネスは当たり前だ。急速に進む技術革新を取り込めなければ死活問題になるだけに、AIや自動運転技術等の先端技術を持つ米国企業へのアクセスは重要だ。とは言え、巨大な中国市場を無視することは出来ない。今後確定する規制内容や、制度運用次第の面もあるが、日本企業にとってもその動向や影響については注視が必要な状況だ。

安全保障の面では、日本にとって米国とは切っても切れない関係にある。経済、ビジネス面では中国との結びつきが大きくなりつつある。中国に覇権を渡すまいとする米国の規制強化によって、今後日本は「踏み絵」を踏まされることになるのだろうか。米中の激しい争いが「漁夫の利」となるほど甘くは無さそうだ。
 
 

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総合政策研究部

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

中村 洋介

(2019年02月01日「研究員の眼」)

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