2016年01月26日

米国の就業不能保障保険-精神障害に対する保障の日米の相違点も踏まえて

小林 雅史

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1――はじめに

英国の所得補償保険(就業不能保障保険)については、前回「基礎研レター」で紹介したとおり1であるが、同稿でも述べたとおり、英米には日本の健康保険の傷病手当金に相当するような高額の公的所得保障制度はない。

また、日本には、健康保険の傷病手当金のほか、公的所得保障制度として、国民年金の障害基礎年金(1級・2級)、厚生年金の障害厚生年金(1級・2級・3級)がある。

しかしながら、傷病手当金に比べて給付の対象は狭く、重度の障害状態を保障する仕組みとなっている。

一方、米国においても、障害年金に相当する制度として、老齢・遺族・障害年金(Old-Age, Survivors, and Disability Insurance)のうち、1956年に創設された社会保障障害保険(Social Security Disability Insurance)がある。

社会保障障害保険の対象となる稼得不能(inability to engage)も、重度の障害状態に限定されており、
 「死に至るか12か月以上継続すると予測され、 かつ、 医学的に診断可能である身体的・精神的機能障害によって、 いかなる実質的な稼得活動にも従事できない状態」
と定義されている2

公的所得保障制度においては重度の障害状態のみが保障されることから、米国ではdisability insurance(就業不能保障保険)と称される民間就業不能保障保険(所得補償保険)が広く販売されている。

本稿では、米国における社会保障障害保険および民間の就業不能保障保険の概要について報告することとしたい。
 
1  小著「英国の所得補償保険について」『基礎研レター』、ニッセイ基礎研究所、20016年1月。http://www.nli-research.co.jp/report/letter/2015/letter160118.html
2  百瀬優「アメリカにおける障害者に対する所得保障の歴史と現状-障害年金、公的扶助、就労支援-(上)、(下)」『立教経済学研究』、2009年7月・2009年10月、「北米地域にみる厚生労働施策の概要と最近の動向(米国)」『2014年海外情勢報告』、2015年3月、厚生労働省ホームページ。

2――米国の公的年金制度による社会保障障害保険(Social Security Disability Insurance)

米国の老齢・遺族・障害年金は、一般に社会保障年金(Social Security)と称され、被用者や自営業者の大部分(2014年の加入者は1億5900万人で、全被用者、自営業者の約94%をカバー)を対象としている。

連邦政府の社会保険庁(Social Security Administration)が運営しており、社会保障税(Social Security Tax)を10年以上納付した者に対し、66歳(2027年までに67歳に引き上げ)から年金を給付する制度である。

社会保障年金は、ルーズベルト大統領時代の1935年、社会保険法(Social Security Act)により実施されたが、障害年金については、当初から検討されていたものの、連邦の権力が医療分野において増大するとの反対の声があり、実施されたのは、アイゼンハワー大統領時代の1956年の社会保険法改正によってであった。

米国においては、2014年には18歳から64歳の1億9625万人のうち、就業不能者は1543万人(7.9%)を占める3

平均的な月間支給額は1165ドル (年間1万3980ドル、2015年始)となっている4
 
3   “Income, Poverty, and Health Insurance Coverage in the United States:2014 Current Population Reports” (2015年9月)、米国国勢調査局(Census Bureau)ホームページ。
4   “The Facts About Social Security's Disability Program”(2015年4月)、米国社会保険庁(Social Security Administration)ホームページ。

3――就業不能保障保険の概要

米国では就業不能保障保険(所得補償保険)は、disability insuranceと称されており、
・短期就業不能保障保険(short-term disability insurance、3か月から6か月の短期間の就業不能を保障)
・長期就業不能保障保険(long-term disability insurance)、少なくとも6か月以上の長期間の就業不能を保障)
に区分されている5

長期就業不能保障保険の商品概要はつぎのとおりである。

(1)給付事由
・完全就業不能状態(total disability)と、部分的就業不能状態(partial disability)に区分
・完全就業不能状態は、疾病または傷害により、本来の職業(own occupation)に従事できなくなった場合またはいかなる有給の職業(any gainful occupation)にも従事できなくなった場合
・本来の職業に従事できなくなった場合に就業不能保険金が支払われるが、一定期間(たとえば、2年~10年)経過後は、給付事由がいかなる有給の職業にも従事できなくなった場合に厳格化
・本来の職業とは、就業不能状態に該当したときに従事している職業で、保険会社により、詳細な職業区分が行われる場合が多い
・いかなる有給の職業にも従事できなくなった場合とは、被保険者の教育、訓練および経験により、相応の収入を得られるいかなる職業にも従事できなくなった場合を指す
・部分的就業不能状態(partial disability)は、本来の職業(own occupation)について、就業してはいるが、1つまたはそれ以上の主要任務ではない任務を遂行できないか、または1週間に要求される出勤時間のうち、半分以上出勤できず、収入が減少する場合で、保険金額の一部(一般的には50%)が支払われる

(2)免責期間(elimination period)
・待ち期間(waiting period)とも称され、就業不能となってから給付が行われない期間
・通常30日から1年間の間で、3か月とするケースが多い
・逆選択防止と、会社からの給付との重複を避けるために設定されている

(3)給付期間
・65歳以前に就業不能状態となった場合は、一般的に2年間または5年間、65歳までや稀に終身とするケースもある
・就業不能となった者の98%が1年以内に復帰しており(1年を超えて継続する場合、特に高齢者では職場復帰は極めて困難となる)、給付期間を長く設定すると保険料がかなり上昇するという実態から、給付期間としては短期間を設定する例が多いものと考えられる
・就業不能が再発した場合の取扱については、同一原因による6か月以内の再発は継続した就業不能とするケースが多い(近年12か月とするケースも増加⇒免責期間の新たな適用がないため顧客有利となる)

(4)就業不能保険金額の設定
・保険金月額(monthly indemnity)は、所得の低い者に対しては所得の85%程度に、所得の高い者に対しては所得の65%程度に制限されている。

(5)保険給付
・基本的な保険給付は、就業不能保険金と保険料支払免除(waiver of premium benefit)
・このほか、生活費調整(cost of living adjustment)と称される消費者物価指数に連動した保険金調整特約や、たとえば5年ごとに5%の保険金額の増額を行う自動増額給付(automatic increase benefit)などがある6

なお、米国個人就業不能保険(所得補償保険)販売上位のガーディアン生命の職業クラスは1~6となっており7、職業区分によるリスク細分など、きめ細かい商品設計となっている8
 
5   ” A Workers' Most Valuable Asset: Protecting Your Financial Future with Disability Insurance”、NAICホームページ。
6  Kenneth Black,Jr.Harold D.Skipper,Jr.”Life and Health Insurance Thirteenth Edition” 、Kenneth Black,Jr.Harold D.Skipper,Jr.『生命保険(第12版)』前掲、松崎健「所得補償保険に関する考察」前掲、天野卓「所得補償保険を巡る最近の動向」『ニッセイ基礎研REPORT』、2004年3月。
7  ”Field Underwruting Guide Disability Income Insurancen”、2015年4月、ガーディアン生命ホームページ。
8  田中周二「第三分野保険(医療、就業不能、介護)の経験表の作成について-ヒューマンセキュリティへの基盤研究-」『総合政策学ワーキングペーパーシリーズ』No.63、2005年4月、慶応大学21世紀COEプログラム。
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