2004年05月25日

解題 -いまなぜ企業統治が問題なのか-

  宮島 英昭

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1.はじめに
1980 年代後半には、株式の安定保有構造、企業と銀行の密接な関係、内部昇進者からなる取締役会などの特徴的なシステムを持つ日本型企業のパフォーマンスが内外の注目を集めた。海外の研究者は、米国型企業と異なる日本企業のユニークな特徴を強調し、そこに日本企業の高いパフォーマンスの根拠を求めた(Abegglen and Stalk 1985、Porter 1992)。他方、青木は、その一連の著作(Aoki 1988, 1990)を通じて、一見欧米企業とは異なる日本企業の制度的特徴が、実は、各国の企業が共通に直面する課題に対する異なった解決方法であると解釈して定式化した。もっとも、日本企業が、内外の注目を集めたまさにその時点で、実は日本の企業システム、ないし日本型の企業統治構造は静かにその機能を転じていた。
80 年代後半の資産価格バブルの下で、それまで日本企業の成長志向的な行動を支えてきた株式相互持合いやメインバンク・システムは、企業の過剰投資を増幅する一因となった。また、資本市場からの圧力が弱く、取締役会が内部昇進者によって構成される傾向が強いという日本企業の特徴は、従業員の利益を過度に保護する傾向をもち、90 年代に要請された事業再組織化の一つの障害になったとも指摘されている(Morck and Yeung 2001)。
さらに、90 年代に入ると、日本型と呼ばれた企業統治構造が徐々に変化を示し始めた。資金調達行動の変化とその結果として生じた資本構成の変化は、すでに80 年代から進展していたが、90年代に入ると株式所有構造にも変化がみられるようになり、95 年を境に株式相互持合いの解消が急ピッチで進むこととなった。銀行危機が発生した97 年からは、新たな外部環境に対応するため、企業が自発的に取締役会などの組織改革の取り組みを開始し、制度的にこれを促進する措置がとられた。97 年には独占禁止法が改正されて、持株会社の利用が可能となり、98 年からは商法改正が段階的に試みられ、02 年には、経営の執行機能と監督機能が分化した取締役会への選択的な移行を可能とする大改正が実施された。
しばしば「失われた10 年」と呼ばれる90 年代前半から00 年代初頭にかけて、日本企業の統治構造に発生した変化は大きい。そのマグニチュードは、日本経済の歴史の中では、戦時から戦後改革期の変化に匹敵する(1)。現在、日本企業、あるいは政府は、外部環境の変化に対応した望ましい企業統治構造を求めて、大規模で多様な実験を試みているが、03 年半ばからの景気回復は、そうした企業の改革への努力が次第に実を結び始めたとみることもできる。もっとも、米国型か日本型かといった将来の日本企業の統治構造をめぐる議論が活発に展開される半面で、急速に変化する日本企業の統治構造を決定している要因は何か、あるいは企業統治構造の差は本当に企業パフォーマンスに影響を与えているのかといった基本的な点に関してすら、十分な実証分析が試みられていない(2)。変貌しつつある日本企業の統治構造に関しては、いまだ明確な全体像が描かれていないのである。この点を解明するために、早稲田大学ファイナンス研究所(現、ファイナンス総合研究所)とニッセイ基礎研究所は、2001 年4 月より共同してコーポレート・ガバナンス研究会を組織し、ニッセイ基礎研究所が86 年以来蓄積してきた株式相互持合いに関するデータや、ファイナンス研究所が作成を試みていた厳密な資本ストックの推計などのデータを基礎に、企業統治に関連する包括的なデータベースを構築する一方、共通のインフラに基づき、月例の研究会を開催して実証分析に取り組んできた(3)。同研究会が解明を試みたのは、具体的には、以下の一連の問いである。
1) 安定株主やメインバンク、内部昇進者からなる取締役会の構成といった、これまで日本型と呼ばれた企業統治構造は、90 年代に入っていかに変化しているのか。たとえば、(1)株式所有構造や資本構成などの企業統治を規定する変数はいかに変化し、それはどのような要因によってもたらされたのか。また、(2)ストックオプションや社外取締役の導入などの一連の取締役会改革は、現在どこまで進展し、どのような要因によって決定されているのか。
2) 以上のように、90 年代に入って急速に進展した株式所有構造や資本構成、取締役会改革は、企業のパフォーマンスに実際に有意な影響を与えているのか。与えているとすれば、どのような統治構造がパフォーマンスの向上に貢献し、逆にいかなる統治構造が維持された場合に停滞が発生するのか。
3) また、企業統治のメカニズムとして、株式所有構造や資本構成などの外部的規律と、取締役会による内部的規律の間にはどのような関係があるのか。さらに、製品市場における競争の圧力などの競争要因は、以上の内部的、外部的規律と互いにどのような関係にたつか。両者は、一方が強いと他方も強化されるという意味で補完なのか。それとも、一方が強ければ、他方は後退するという意味で代替なのか。
こうした一連の問いに接近するために、研究会では、株式所有構造や企業銀行関係、取締役会の組織構造といった、複数の指標による統治構造とパフォーマンスの関係や、経営者交代の効率性、あるいは、配当支払や現預金保有などの財務政策に関する分析が進められた。本特集号には、このうち安定した分析結果が得られた4 つの論文を収録した。取締役会改革、企業統治と市場評価、フリー・キャッシュ・フロー問題など、今回収録できなかったトピックは現在も分析を継続中である。その意味で、本特集号は、同研究会の3 年にわたる実証分析の中間報告にとどまるが、所収の4 論文を通じて、現在緊急の課題である以下の点を明らかにすることが期待されよう。
第一に、ここでの分析は、企業統治構造が国際的に収斂するのかという問い、すなわち、日本型企業システムは、アングロ・アメリカ型に収斂するのか、それとも多様なシステムが並存するのかという問いに一つの解答を提示することが期待できよう。かつて比較的同質であった日本企業は、いまや多様化の過程にあり、その中で、現在、米国型企業統治への収斂が必然であることが強調されている。その見方は本当に正しいのか。複数の構造の並存が効率的である可能性はないのか。本特集号では、日本企業の統治構造の多様性を強調する見方を提示したい。
それと関連して第二に、本特集号は、今後選択されるべき企業統治構造として、いったいどのような姿が望ましいのかについても一定の見方を提示できる。しばしば、米国型企業統治の選択が不可避と指摘される。しかし、本特集号の立場は、以下の各論文が明らかにする通り、多様化が急速に進展する現在の日本企業に、普遍的に妥当する企業統治構造の唯一の解があるわけではないという点にある。たとえば、取締役会改革をとっても、製品市場の競争環境、外部の資金供給者との関係、事業ポ-トフォリオ、組織内部における権限委譲度に依存して、選択されるべき組織構造には複数の解がありうる。したがって、ここで指摘されるのは、企業の効率性に寄与し得る、企業統治構造の組み合わせである。
第三に、それぞれのステークホルダーは、今後、どのような役割を担うべきかについても見通しを提示したい。近年の受託者責任論の高まりとともに期待を集める機関投資家は、企業の統治構造において新たに積極的な役割を担うべきか、また、かつて企業統治に関して重要な役割を演じていたとされるメインバンクや金融機関の担うべき役割は今後変化すべきか。こうした論点に焦点があてられる。
最後に、日本企業の統治構造の選択にあたって、法制面で適切なインセンティブを与えるためには、政策的にさらにどのような措置が必要か、また、現在の制度的枠組について、制度間の整合性は確保されているのかなどの論点についても、本研究の提示するファクト・ファインデイングが一定の含意を引き出すことができよう。
以下、この解題は、次のように構成される。次節では、コーポレート・ガバナンスが90 年代になって、重要な問題になった理由を簡単に検討する。3 節では、本特集号のコーポレート・ガバナンスの捉え方について解説し、以下の収録論文でブロードに共有された分析視角を示す。最終節は、本特集号の構成と簡単な要約にあてられる。

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