コラム
2003年11月10日

人民元との調整―試される現実的な米中経済関係

土肥原 晋

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●強まる「対中貿易不均衡」への風当たり

米国では、対外貿易赤字国の筆頭に踊り出て、なおドルに対して固定相場制を取っている中国への風当たりが強まっている。議会でも、下院で中国にWTOのルール遵守と変動相場制への移行を求める決議案が採択される一方、いくつかの保護主義法案が提案されている。たとえば、(1)中国がフロート制に移行しなければ、中国製品に関税をかけるものや、(2)米国企業に企業内労働者の半数を米国内にとどめることを強制するもの、等である。保護主義的な法案は多くの弊害を伴い、また貿易相手国の報復を招く等、実効性が乏しく、成立するとする見方は少ない。実際、上記後者の法案が成立すれば、企業利益が半減し、レイオフはさらに増加すると見られている。

しかし、こうした主張もあながち根拠がないわけではない。主要通貨に対するドルの実質実効為替レートは、2002年初をピークに15%程度下落し、今後、海外の景気回復に伴って米国の輸出伸長が期待できるが、対中貿易に関しては人民元との交換レートが不変のため為替の影響の及ばない領域となっており、一層赤字が拡大する可能性があるからである。

●効果の乏しい元レート調整による米国の赤字縮小

では、元レートの調整で米国の経常赤字が解消するのであろうか。米国の主要な貿易相手国との収支を見ると、確かに中国との赤字は急速に拡大しているが、最も目立ったのが中国であったにすぎず、EU等の他の貿易相手国との赤字も急拡大しており、元レートとの調整に成功しても貿易収支全体の改善とはならない。
 


●赤字拡大の主因は消費財の輸入急増

一方、財別の貿易収支を見ると、消費財の赤字拡大が著しく、最近の赤字拡大の主要因となっている。生産コストの引き下げが厳しく求められる消費財においては、世界的に見て最も安いコストで生産できる地域からの輸入が優先される。2002年の消費財の輸入額は、資本財を抜いて最大の輸入品目となった。また、輸出入比率も1:4と主要な輸入品の中では石油に次いで高く、海外への生産移転も急速である。こうした流れはグローバリゼーションの一環であり押し戻せるものではない。消費財の主要な輸入国である中国と元レートの調整を行っても、より生産コストの低い国からの輸入に振り代わるため、米国の貿易収支全体の改善には繋がらないと思われる。
 


実際に、中国から米国への輸出品目を見ると、その多くを軽工業品(衣類、履物、その他の加工品)が占めている。2002年の米国の対中貿易赤字1031億ドルのうち、56%がここに分類される。さらに木工・皮革・金属等の素材加工品を加えると貿易赤字の68%に達する。こうした品目の米国からの対中輸出は、輸入の10分の1にも満たない。残り3割の赤字は電気製品・機械類が占める。

結果的に、中国の輸出が米国の赤字を増幅した形であるが、消費財に関しては、米国の生産自体が海外に移転している。先頃、ジーンズ老舗のリーバイ・ストラウス社が4工場を閉鎖し、北米生産から完全撤退すると発表した。老舗ブランドをもってしても、もはや対外生産コストとの差を吸収できなくなりつつある。消費財を中心に、海外生産移転が進んでいる以上、特定国との為替調整を行っても、貿易収支への影響は一時的であろう。

●雇用の悪化が起点の元レート攻撃

上記のように貿易統計を見れば、米国の経常赤字を元レートの調整に求めるのは無理があるが、なぜこうした論調が幅を利かせ、ついにはブッシュ大統領までが、元レートとの調整を主張するのであろうか。

大きな理由は二つある。一つは、雇用改善が遅々として進展を見せないのは、海外への生産移転や安い輸入品が雇用の回復を妨げているというものである。今年行った減税は、「雇用と成長」のためとし、ブッシュ政権では、雇用回復のためには成長促進が必要と説明してきた。しかし、7-9月期7.2%という高成長率にもかかわらず雇用の回復は遅れており、高成長率は生産性の上昇によってもたらされた形だ。雇用の回復がなければ、ブッシュ大統領の再選は危うい。選挙を控えて雇用の改善が遅々としているケースでスケープゴートが必要とされるのは、過去にも見られた。近いうちに保護主義が何らかの影響を経済政策に与えるとの見方も根強い。

元レートの調整にこだわるもう一つの理由は、中国の購買力の増加に繋がるからである。米国の対中輸出入比率は、1:5.7と米国の主要な貿易相手国の中でも不均衡が突出している。中国が経済面で注目されるのは、国内市場の将来性にあるが、元レートの調整が行われれば、購買力の拡大を加速することができる。米国がこうした手段に出たのは、中国がWTOに加盟して2年近く経つ中、米国からの輸出が伸びないことへの苛立ちがあろう。

●中国の対応次第では、保護主義の台頭も

元レートの調整は、短期的に見れば、米国の貿易収支の改善や雇用の回復には期待できないのであるが、長期的には極めて意味のあるものである。ただし、ブッシュ大統領の目指す来年に迫った大統領選挙には間に合わない。雇用の回復が遅れ、中国が現状の為替政策にこだわるのであれば、米国の貿易政策はより保護主義的な傾向を強めよう。その時には、日本も埒外とはなるまい。米国の対日輸出入比率は1:2.4と中国ほどではないもののEUの1:1.6を大幅に上回っているからだ。

しかし、過去の歴史の示すところに学ぶのであれば、中国が将来的に段階的に為替を切り上げる意向を示し、米国はその時間的な余裕を与える一方、中国が緊急輸入のような手段で対米輸出入比率の緩和に動くと考えた方が、より現実的なシナリオなのかもしれない。既にこの方向での調整が進んでいるとの報道も見られる。中国側から見れば理不尽とも言える外圧の中で、どの程度柔軟かつ現実的に、対米協調的な経済政策を優先させることができるのか、その試金石として注目される局面が近づきつつある。
 
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