コラム
2003年08月05日

マクロ政策をわらう者は・・・

  森重 透

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1.高止まりする失業率

一枚のグラフがある。小泉政権の発足した直後から急角度で上昇し高止まりしたままの、完全失業率の推移である。この6月は5.3%と5月から0.1ポイント低下したものの、依然として、昭和28年の統計開始以来最悪の水準が続いているのである。グラフには表れないが、失業期間の長期化も進んでおり、中高年層には年齢条件の厳しさがたちはだかって、いったん失業してしまうと容易には回復できない重苦しさが立ちこめる。また、15歳から24歳までの若年層の失業・学卒未就職率は、02年度平均で9.9%と10年前の2倍以上というひどい状況であり、大学卒業者の2割もが就職できないでいる。このような中で、いわゆるフリーター(学生と主婦を除く15-34歳のうちパート・アルバイト(派遣等を含む)や働く意志のある無職)は、90年の183万人から01年には417万人(03年版・国民生活白書)と10年余りで2倍に膨らんでいる。

失業は、一個人を社会的弱者に転落させるものであり、とくに若年層で定職に就かない者が増加しているという現実は、今後の日本の国力や競争力、社会保障システムへの悪影響を憂慮させるものがある。

バブル崩壊から10年以上がたつのに、日本経済の停滞が続いている。この間GDPは平均約1%の低成長下にあり、資産価値の下落に、後半はフローの物価下落も伴い、今、日本経済は深刻なデフレ不況の中にある。とくに、小泉政権が発足した01年度以降、景気の低迷と株価の下落傾向が一段と強まり、雇用情勢の悪化に中小企業や地方経済の苦境、ひいては自殺者の増加までを含め、社会的弱者への圧迫としわ寄せを内在化した形で、経済・社会全体に停滞色とひっそく感がより一層深まったと観察される。エコノミストたる者は、経済的に弱い立場にある人々に対する優しい心配りを忘れずに考え、行動すべきではないだろうか。


2.デフレ・スパイラルのこわさ

一体、なぜ、このようになってしまったのだろうか。現在の小泉内閣の経済政策は、「改革なくして景気回復なし」というスタンスに立つ構造改革路線である。ターゲットが日本経済の活性化にあることは間違いないところであろう。問題は、その実現のために、どのような状況認識に立ち、どのような順序で具体的方策を講じていくかである。

日本経済の状況を今あるがままに認識すれば、デフレ下の景気低迷である。GDPデフレーターは94年以降(消費税引上げのあった97年は例外として)、CPI(生鮮食品を除く総合)は98年以降、それぞれ継続して対前年マイナスを続けている。このようなフローのデフレだけでなく、それ以上に長く重いストックのデフレ(株価・地価の下落)も90年代から続いている。戦後の先進資本主義国では、このような事態に陥った例はわが国が初めてであり、政府も2001年3月、日本経済が緩やかなデフレ状態にあるとようやく認定するに至った。

物価下落や資産価格の下落が消費・投資を減退させ、不良債権を増加させ、縮小均衡の内向きの渦をいたるところで発生させながら景気を悪化させ、更なるデフレを呼ぶというデフレ・スパイラルのこわさは、今さら言い募る必要もない。デフレのもたらす経済的・社会的な弊害で最も深刻なもののひとつが、すでに述べた雇用への悪影響、すなわち失業の増加であるとも言えよう。

政府が日本経済の現状について、デフレ状態は認めつつもデフレ・スパイラルに陥ってはいないと言い張ることに意味は無い。問題は、日本経済のマクロ的特質が、デフレ下で極端なまでの貯蓄過剰・投資不足の状態にあり、個人の金融資産や企業の余剰資金が死蔵されるか借金の返済に回されるかだけの現実があり、政府部門までも財政再建の名のもとに緊縮に走ってしまう不幸な情況の中に、今私たちがいるということである。

言葉の遊びでなく、事実として日本がデフレ・スパイラルの淵に立たされているという認識を共有するようにもっていくことが、冷静な頭脳を持ったエコノミストの責任ではないだろうか。デフレ下で需給ギャップが存在する経済において、各経済主体が良かれと思って取り組む効率化(ミクロの改革・改善)が結果的には自らの利益を阻害してしまうという、「合成の誤謬」を招来させることのないようにするのが、マクロ政策に携わる者の本務なのだと思う。


3.大局への着眼

この6月27日に閣議快定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003について」(いわゆる「骨太の方針第三弾」)を読んだ。今まさに置かれている日本経済のマクロ政策的洞察に欠けるうえ、構造改革も言葉でいろいろと綴られてはいるが、具体性に乏しく、とくに経済活性化に向けた財政の活用部分での無策振りは、覆い隠しようもない。戦後日本経済が直面した最大の難題であるデフレ不況の認識とその克服にあまりにも鈍感すぎると言う人もいるほどだ。自らが担当を始めた2年余りの間に、状況が進行ないし一層悪化したにも拘らず、このような事態を招いてしまったことに対する真摯な反省が見られないことが、最大の問題ではないかと思う。一言で言えば、マクロ政策に対する信頼と認識の欠如である。

1930年代の高橋是清のリフレーション政策や、米国のニューディール政策など、一国の経済危機を救ったのは、前例にとらわれない、思い切ったマクロ経済政策のパッケージ・政策の組み合わせであった。

かつて吉田茂が語った外交の要締たる「大局への着眼」は、国の経済運営にも必要不可欠な教えになり得ると思う。日本経済を取り巻く「気候」を大局的に、正しくとらえ、適切なマクロ経済政策を果断に講じることが、一国の経済運営を預かる者の本務であろう。需給ギャップに陥ってしまった日本経済の病いを根本から治癒させるため、政策の組み合わせとしてのマクロの需要喚起策が今ほど望まれる時機は無い。

小泉首相は、「政策を転換する気は毛頭ない」と歯切れ良く言う。しかし、ことマクロ経済政策において、これまで一体何を講じてきたと言うのだろう。構造改革という聞こえの良い言葉だけが踊る空しさを、今において感じるのは筆者だけだろうか。

2004年度の概算要求基準(シーリング)は、今秋から来年にかけて予想される総選挙・政治の季節を前に、懸案の先送りや前年度の踏襲が目立ち、大胆な歳出再編成への展望は全く見えない。今そこにある日本発デフレ不況の危機を救うため、「大局への着眼」をもって、財政政策を含むマクロ・パッケージの出番を命じるリーダーの決断が待たれるところだ。マクロ政策をわらう「余裕」は、今のわが国には、無い。
 

 

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