コラム
2003年01月14日

経済政策のスタンス

森重 透

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1.経済政策の選択と手順

経済政策は、ゴルフのスタンスに似ていると思う。ゴルフに必要なのは、適度な飛距離と正しい方向性である。とりわけ、方向性を間違うと致命傷になりかねない。それを防ぐのがスタンスである。スタンスは、ボールに対する姿勢とも言えるが、体の向きとともに、両足へのウエイトの置き方も重要である。このふたつの要素が備わって始めて、ボールは目標地点に向かって飛ぶのだ。

また、ゴルフの場合、野球と違って一回しかボールを打てない。やり直しがきかないのである。さらに、一度スタンスを間違えて放たれたミス・ショットが次のミス・ショットを誘発する、悪しきスパイラルにも注意しなければならない。したがって、スタンスを定めるに当たっては、ボールの置かれた状況をありのままに認識し、そのボールをどこに運んでいくかを判断し、それに合った体の向きと両足への比重の置き方を慎重に整えていくことが基本となる。

この体の向きが、採られるべき経済政策の選択であり、両足のウエイトの置き方は、政策の実施手順ということになろう。ゴルフボールが一国の経済で、最終目的(ホール・アウト)が国民の幸福(最大多数の最大幸福)とするなら、それを効率的に(より少ない打数で)実現する手段が、経済政策のスタンスなのである。


2.現政権・経済政策の成績表

実体経済の劣化が足もとで続いている。就業者数の減少、最悪水準の完全失業率、賃金労働者の所得減など雇用・所得環境の悪化だけを見ても、経済失政は明らかである。そのうえ、GDPデフレーターは94年以降(消費税引き上げのあった97年は例外として)、消費者物価指数は98年以降、継続して対前年マイナスを続けており、日本経済は、悪しきデフレ・スパイラルの淵にある。

小泉政権が発足した2001年度の実質GDP成長率は、前年度比1.4%減と大幅なマイナス成長を記録した。そして、当研究所では、02年度は、0.9%成長、03年度は、不良債権処理加速のデフレ圧力増大も加わり、景気回復は短命に終わってほぼゼロ・パーセント成長と予測している。他の民間シンクタンクの予測も、平均すれば同じようなレベルであり、日本経済は自律的回復が見込めないまま、減速、後退局面を迎えるという点では一致している。政府の03年度経済見通し+0.6%とは、かなりのギャップがあると言わざるを得ない。

外需の息切れもあって、設備投資回復のシナリオが崩れようとしているなか、比較的好調に推移していた個人消費も、厳しい雇用・所得環境を背景に、今後の伸びは期待しにくい。企業収益の改善も、デフレ下での人件費など固定費削減によるリストラを梃子とした「減収・増益」に過ぎず、持続可能性は疑問なうえ、これが家計所得の減少や失業の増加にもつながっている。こうして最終需要は弱いままの状態が続く。資産デフレも歯止めがかからず、不良債権処理は進まない。株式市場は長く危機的状況にある。まさに日本経済は、デフレの本当のこわさである「デフレ・スパイラル」の環がつながりそうな様相を呈しているのである。

とくに、昨秋の内閣改造で竹中経財相が金融相も兼務するようになって以降のデフレ圧力の増大は、極めて深刻であり、これを映じて、小泉内閣支持率は、昨年末の各種マスコミ調査で軒並み大きく低下している。残念ながら、現政権の経済政策の成績表は、現状「不可」を付けざるを得ない。ゴルフ(に例える)なら、すでにボールは次のショットが極めて難しいライにある状態と言える。早急なスタンスの調整が必要な所以である。


3.いま必要な経済政策のスタンスとは

現内閣の経済政策は、「構造改革なくして景気回復なし」というキャッチ・フレーズにある如くの構造改革路線である。昨年1月の『構造改革と経済財政の中期展望』には、構造改革をタテ糸とした政策のあり方が綿々と記述されているが、いかにも抽象的、楽観的、非現実的な作文に過ぎないと思われる部分が多い。この1年間の推移を経て読み返すと、さらにその感が強まる。

この「構造改革なくして景気回復なし」というスタンスは、二重の意味で誤まっているのではないか。ひとつは、景気回復のためにマクロ経済政策というよりは、構造改革を選択している点であり、いまひとつは、構造改革を優先することによって、デフレ圧力を増大し、デフレ・スパイラルを招いて、本来の目的である景気回復を不可能にした点である。政治の経済的な目的は、雇用と物価の安定化にあるはずだ。つまり現政権の路線は、政策の選択においても、順序においても間違った、構造改革という美名のもとでの単なるパフォーマンス狙いの一本足打法に過ぎず、景気回復には無策である、と言われても仕方あるまい。

必要なことは、原因と結果の関係を間違えることなく、経済の自律的かつ持続的な回復の道を探ることである。そのためには、まず、日本経済の置かれた状況(ボールのライ)を、ありのままに(謙虚に、正しく)認識する必要がある。日本経済の現状を今あるがままに見れば、デフレがその阻害要因であり景気沈滞の実物要因を悪化させ、その結果として不良債権が増えていく状況にあることが分かる。GDPの5~10%とも言われるデフレギャップの下で、企業倒産や失業者が戦後最高水準で推移しているのだ。したがって、日本経済を恐怖のデフレ・スパイラルに陥らせないため、まずデフレを解消し、景気を回復軌道に乗せてから不良債権処理などの構造改革を行っていく姿勢(スタンス)が求められよう。デフレというひどいラフにあるボールを、まずフェアウェイに戻すことが肝要なのである。当面必要とされる構造改革(例えば不良債権処理)にせよ、中・長期的に望まれる構造改革(例えば財政再建)にせよ、肝心のボールがラフにあっては話にならないのだ。それにも拘らず、現内閣は構造改革優先のもとで、デフレ促進策を取っているばかりか、その構造改革さえ、実のところ順調にいっているとは言い難い状況にある。

デフレは供給力に需要が不足している状態で、この需給ギャップ(デフレ・ギャップ)を縮めていく努力が、一国の政策担当者にまず求めれられるのは自明の理である。このため、金融政策と財政政策の然るべきポリシー・ミックスが求められる。そもそも、構造改革とは、供給サイドの改革であり、これだけでは景気回復は期待できず、そのためには需要喚起策(景気対策)の「合わせ技」が必要なのである。すなわち、供給、需要両サイドに立ち、金融・財政両政策を総動員した、両軸スタンスのマクロ経済政策を採っていくこと、主義や立場の違いがあるとしても、非難し合ったり、責任転嫁したりすることなく、デフレ不況脱却の一点に集中した、政府・日銀が一体となった経済政策のスタンスに早急に回帰すべきである。ヒト・モノ・カネの「過剰3兄弟」の整理だけであれば、日本経済が縮小均衡に陥るだけで終るリスクがあろう。

さらに言えば、民間(産業界)としても、画期的な新技術や魅力的な商品・サービス、新しいビジネスモデルの開発など、需要の創出・喚起を目指し、国際競争力を高めていく取組みとその具体的成果が問われるのである。ここにおいても、今度は官・民一体という両軸スタンスが大切になってくるのだ。

もちろん、構造改革を旗印とする小泉・竹中路線がすべて否定されるものではない。構造改革も立派な経済政策である。しかし、日本経済の状況を客観的に見た場合、政策の動員(選択)と順序づけ-経済政策のスタンスが正されることを、切に願わずにはいられない。

年末・正月休み、都心部は街に人通りが消え、人口減少の未来社会を疑似体験したかのような錯覚にとらわれた。日本を、活気のない経済社会、「デフレと失業」というマクロ的停滞の沼に沈ませてはならない。先に米国の新しい財務長官に指名されたジョン・スノー氏は、記者会見で「成長と雇用拡大に貢献できる経済チームに参加できるのが楽しみだ」と語ったそうだ。氏の評価はこれからの実績に待たねばならないが、その言や良し、と思う。わが国の経済政策に携わる責任者には、ミクロの構造改革のみに執着するのではなく、大局的で前向きな政策スタンスをもって、一国の経済運営に臨んでもらいたいものである。
 

 
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