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2025年05月13日

厚生年金の給付調整を緩和した上で継続する案は、今後の検討に有用~年金改革ウォッチ 2025年5月号

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 先月の動き

年金広報検討会は、構成員が大幅に入れ替わり、オブザーバーに金融経済教育推進機構(J-FLEC)と全国家庭科教育協会と全国社会保険労務士会連合会が加わった。当日は、厚生労働省とオブザーバーの各団体から2025年度の広報計画などの説明があった。また、(1)生涯を通じた年金教育、(2)次期公的年金シミュレーター、(3)年金制度の広報について、夏頃と冬頃に議論が行われる予定が示された。
 
○年金局 年金広報検討会
4月23日(第20回) 年金広報の取組と今後の進め方、次期公的年金シミュレーター、その他
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_57163.html (資料)

2 ―― ポイント解説

2 ―― ポイント解説:与党へ示された、厚生年金に対する給付調整を緩和した上で継続する案

4月下旬に、厚労省は与党へ基礎年金の底上げ策の具体的な内容を次期改革の検討規定に盛り込まない案を示した。本稿では、同案とあわせて示された、厚生年金に対する給付調整を緩和した上で次の財政検証の翌年度(通常なら2030年度)まで継続する案について、内容と影響を確認する。
図表1 現行制度で生じる所得再分配機能の低下(現役時の給与水準が低いほど年金の目減りが大きくなる) 1|内容:所得再分配機能の低下への対策を検討するために、厚生年金の給付調整を緩和して継続
次期年金改革案に向けてはいくつかの見直しが検討されているが、現行制度で生じる所得再分配機能の低下(現役時の給与水準が低いほど年金の目減りが大きくなる問題*1)を解決するための基礎年金の底上げ策(調整期間の一致)については、4月前半の与党内の議論で合意に至らなかった。そこで厚労省は、次期改革法案の検討規定に基礎年金底上げ策の具体的な内容を盛り込まない案を、4月下旬に与党へ示した。
図表2 厚生年金の給付調整を緩和して継続する案が厚生年金[2階部分]の給付水準へ与える影響 しかし、2024年に公表された将来見通し(過去30年投影ケース)によれば、既に与党内で合意されている内容と同程度の厚生年金の適用拡大を反映した場合には、厚生年金(2階部分)の給付調整(マクロ経済スライド)を次の制度改正の時期(2030年頃)よりも早い2028年度に停止できる見込みになっている。そこで厚労省は、次の制度改正に向けた検討に際して社会経済情勢の変化を見極めるために、厚生年金に対する給付調整を次の財政検証の翌年度(通常であれば2030年度)まで緩和して継続する案を、あわせて示した。

具体的には、2030年度の給付水準が給付調整を継続しなかった場合と同程度になるように、2026年度から毎年度の給付調整の度合を本来の1/3の水準*2に緩和した上で、2030年度まで適用を続ける案になっている。
 
*1 詳細は、例えば拙稿「次期年金改革案(調整期間の一致)を避けた場合に起きる問題」を参照。
*2 本来の給付調整の度合は、加入者の減少率の3年平均(毎年度変動)に余命の伸びを勘案した値(-0.3%)を加えた値。
図表3 厚生年金の給付調整を緩和して継続する案が厚生年金財政の積立金の水準へ与える影響 2|影響:年金財政への影響は、ほとんどない見込み
この案では、給付調整の期間が延びるものの、調整度合が緩和されるため、2026~2029年度の給付水準は給付調整を続けなかった場合よりも高くなる。そのため、厚生年金の給付が給付調整を続けなかった場合よりも増えて年金財政が悪化し、給付調整のさらなる継続が必要になることが懸念される。

しかし、給付が増えるのは2026~2029年度の4年間に限定され、2030年度以降の給付水準は給付調整を継続しなかった場合と同程度になる。そのため、筆者の試算では、給付調整停止の判断材料である約100年間の収支にはほとんど影響しない結果になった*3
 
*3 2119年度末の積立金は、給付調整の緩和や継続を行わない場合は支出の1.0年分、行う場合は0.9年分になったが、行う場合でも2030年度の給付調整の度合を本来の約6割の水準にすれば行わない場合と同等の積立金水準になった。なお、給付調整の緩和や継続を行わない場合の再現には、元兵庫県立大学大学院の吉田周平氏と同大学院教授の木村真氏の協力を得た。記して謝す。ただし、給付調整の緩和や継続を行う場合の推計は、すべて筆者の責に帰す。
3|考察:厚生年金のさらなる適用拡大や在職老齢年金の廃止などを検討するためにも有用
本連載の前号では、基礎年金の底上げ策の実施に伴う給付水準低下への補てんを求める意見に対して、懸念を示した。しかし、4月下旬に厚労省が示した案は、2030年頃まで検討を継続するための配慮措置であり、年金財政への影響もほとんどなさそうであることから、2030年度までの期間限定の措置であれば特段の懸念はないと思われる。

加えて、今回の案は基礎年金底上げ策の検討を継続するための措置と位置づけられているが、経団連や連合などが求める厚生年金のさらなる適用拡大や在職老齢年金の廃止などでは厚生年金の給付調整の継続が必要となる*4ことから、これらの案の検討を継続するためにも有用な措置と言えよう。
 
*4 詳細は本連載前号の図表5を参照。また、給付調整の停止を1回の将来見通しだけで判断すると事後的に時期尚早となりうることを考えれば、この案の方法を使って2回の将来見通しで判断することも一案と考えられる。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月13日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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