- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 不動産 >
- 不動産市場・不動産市況 >
- さよなら「住宅すごろく」-賃貸多様化で広がる住み替え自由度
いま賃貸住宅が面白い
戦後長らく、賃貸住宅といえば個人の遊休地に節税目的で建てられた、コストを押さえた木造アパートが典型的なものでしたが、最近の新築物件の品質向上は著しいものがあります。分譲住宅と比べて不満の大きかった防犯、収納、遮音、断熱性能の改善はもちろん、女性利用者を意識した洗面や浴室など水周りのグレードアップ、改装OKやペット飼育可能物件1も珍しくなくなってきました。共働き世帯が増えたことで子育て支援もキーワードのひとつ2になっており、人口減少に悩む地方自治体が民間資金を利用して子育て賃貸住宅を建設する動きもあります3。
ファンドブームで市民権を得た高額所得層向けの都心型賃貸マンションでは、分譲マンションと同等の耐震性やグレード感、管理サービスを保持しつつ、狭いながらも快適に過ごせるよう工夫された間取りや収納スペースが魅力的です。防災性能の高さや省エネを謳った大型賃貸マンションも、これからは増えそうです。
既存の住宅では、入居者の高齢化と団地の老朽化に悩む都市再生機構(UR)が、大手家具店や雑貨店などと共同で賃貸住宅団地の一部住戸を改修したり、1棟リノベーションのデザインコンペを実施したり、居住者によるリフォームをOKとするなど、若い世代を呼び込もうと知恵を絞っています4。また、全国で増加する空き家対策のため、国は借り主による自由な改修を認める新しいルールの導入で中古住宅の賃貸化を促進しようとしています。
さらに、最近注目されているシェアハウスは中古住宅を改修したものが多いですが、学生や起業家など単身者向けから子育て世帯と高齢者が助け合うものまでさまざまなタイプが登場しており、新しい家族やコミュニティのあり方を考えさせられます。
顧客志向を強めるマーケット
このように、借り主にとって魅力的な賃貸住宅が増えてきた大きな理由のひとつとして、需給のバランスが崩れて危機感を持った事業主が顧客志向を強めていることが指摘できます。少子高齢化で需要が伸びなくなって全国的に空室率が高まっていますが、消費税率引き上げや相続税対象の拡大を見据えた節税対策として賃貸住宅を建てる動きも活発化しています。不動産投資マインドの盛り上がりもあって今後も新規着工の増加が続くと予想されます。
最近は、相続対策に加えて家賃収入による住宅ローン返済の軽減が期待できる5として、マイホームと賃貸の併用住宅プランを土地所有者に売り込むハウスメーカーも目立ってきました。また、高齢者の増加でマーケット拡大が期待できるとして、サービス付き高齢者向け賃貸住宅を建てる動きも加速しています。しかし、ブームに煽られただけの安易な建設計画も少なくないようで、特に高齢者向けは一般的な賃貸住宅以上に専門的な経営ノウハウが求められるだけに、今後はサービス内容や経営手腕による事業格差の拡大が目立ってくると思われます。
高齢者や一人暮らしの女性は長く居つくなどと家主が嫌がるためアパートが借りにくい、といわれた時代もかつてはあったようです。しかし、少子高齢化と同時に新規の着工や既存住宅の活用も進むため、賃貸住宅マーケットは今後ますます借り手優位になることは間違いありません。顧客志向をさらに強めなければ生き残りが難しいビジネスであることを、不動産事業者や家主は自覚すべきでしょう。
さよなら「住宅すごろく」
高度経済成長時代には、「新婚時代は小さなアパート、子供が生まれて少し広めの賃貸住宅に住み替え、会社で役付きに出世して分譲マンションを買い、最後にそれを売却して庭付き一戸建てを手に入れ“一国一城の主(あるじ)”になって上がり」という”住宅すごろく”が理想の住み替えパターンと言われました。要するに、借家はしょせん仮の住処、庭付き一戸建てを持ってこそ一人前の男という価値観で、今となっては人口・経済・地価の高度成長と終身雇用・年功序列賃金を享受できた世代にしかできなかった住み替えのかたちです。
もっともその彼らの多くも平均寿命が大きく伸びたため、一戸建て住宅で人生の終末を迎えるはずが、それを売り払ってサービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームに入居する新しい”上がり”に戸惑っているはずです。さらに、人口が減少する地方や郊外のマイホームは、大都市に住む子供たちが相続したところで買い手がないため売るに売れず空き家として放置されるという番外編も現れ、先に紹介したように空き家対策が大きな社会問題になっています。
いまや、大都市圏の若い世代には新築信仰も薄れ、中古や賃貸も悪くないという人々が増えています6。マイホーム取得と住宅ローン返済に一生の多くを費やすだけの人生より、ライフステージやライフスタイルに合った住まい方が自由に選べ、住み替えが容易にできる方がより豊かな人生ではないでしょうか。新築分譲偏重の住宅マーケットから、中古流通と賃貸ともバランスのとれたマーケットに変わっていけば、私たちの住み替え自由度が大きく広がるのは間違いありません。
(2014年03月19日「研究員の眼」)
このレポートの関連カテゴリ
松村 徹
研究・専門分野
松村 徹のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2016/01/08 | 猫と暮らせる理想の住まいを考える | 松村 徹 | 基礎研マンスリー |
2015/11/17 | 猫と暮らせる住まいを考える-(その3)最後に問われる飼い主の愛情 | 松村 徹 | 研究員の眼 |
2015/11/09 | 猫と暮らせる住まいを考える-(その2)障害は大家さんの誤解 | 松村 徹 | 研究員の眼 |
2015/11/04 | 猫と暮らせる住まいを考える-(その1)猫を忌避する賃貸住宅 | 松村 徹 | 研究員の眼 |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年10月03日
暑さ指数(WBGT)と熱中症による搬送者数の関係 -
2024年10月03日
公的年金の制度見直しは一日にしてならず -
2024年10月03日
市場参加者の国債保有余力に関する論点 -
2024年10月03日
先行き不透明感が晴れない中国経済 -
2024年10月03日
市場構造の見直しと企業価値向上施策による株式市場の活性化
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
【さよなら「住宅すごろく」-賃貸多様化で広がる住み替え自由度】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
さよなら「住宅すごろく」-賃貸多様化で広がる住み替え自由度のレポート Topへ