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老後の生活を維持するために、現役時代にどれくらいの資金を準備すればよいのだろうか。退職後にゆとりのある生活をおくろうと思ったら、4000万円ほど必要だという人もいる。この貯蓄は年金等の収入では不足する生活費を補充するためのものだと言える。要するに使うためのものだ。子供に遺産をのこすよりも自分の生活を充実させるために貯蓄を使いたいと割り切った考え方をする高齢者も増えている。経済的に恵まれた高齢者は、かりに年金というキャッシュフローが現役時代の所得を下回ったとしても、住宅や金融資産というストックを保有しているため余裕のある生活を享受することが可能だ。
しかし高齢者の間では資産格差が大きく、経済的に恵まれない高齢者も多い。実際、生活保護受給者数は平成24年9月で213万人(155万世帯)を突破したが、そのうち高齢者世帯は43.5%を占める。このように生活保護受給者が増加していることもあり、政府は生活保護の中の生活扶助(日常生活に必要な費用)を引き下げる方針を決めた。これは自民党の公約だったからということもあるが、それとは別に厚生労働省の社会保障審議会生活保護基準部会において生活扶助基準が検討され、平成25年1月に部会報告書が出されたことを受けてのことである。
今回の生活保護基準部会の検証は、生活扶助の中の第1類費(食費や被服費等の個人的経費)、第2類費(光熱費等の世帯共通経費)について、年齢、世帯人員、地域性の影響を調べるため、一部で回帰分析の使用を含めて丁寧に分析してあることが特徴である。特に年齢に応じた水準(第1類費)で、0~2歳の消費を1とした場合、消費の実態は12~19歳で1.10、60歳台で1.28(現行の基準では前者が1.37、後者が1.19)となっている。この年齢による影響分析結果が、子育て世代の減額幅が大きく、60歳代単身者で引き下げが生じないという結果につながったことは想像に難くない。
しかしこの検証結果には疑問がなくはない。というのも平成16年に行われた検証では、夫婦子1人世帯(有業者あり)では、生活扶助基準額が15万408円に対し、第1・十分位生活扶助相当支出額(所得で昇順に並べたとき下位10分の1世帯の消費額)は14万781円とほぼ同等であったのに対し、60歳以上の単身世帯では、前者が7万209円、後者が6万2,831円と、むしろ高齢単身者の消費額の方が扶助基準額に対し少なめに出ていたからである。前回の検証時からのインフレ率を考慮すれば、結果が大きく変わるだけの特段の事情があったようには思えない。
また今回の検証では、回帰分析をもとに算出した第1類費基準額は、60歳台でもっとも高くなっている。ところが現行の基準額は12歳~19歳がもっとも高い。素朴な疑問として、食費や被服費は本当に60歳台で一番かかるのだろうか。検証では「平成21年全国消費実態調査」の個票データを使っているため追試できないが、推計方法を見てみよう。回帰分析の被説明変数は第1類費相当支出額の対数値であり、説明変数は各年代の人員数、世帯人員数の2乗、地域ダミー、ネット資産(貯蓄-借入金)、家賃地代支出である。データセットとして、「世帯年収」あるいは「世帯員1人当たりの年収」による第1・十分位のデータを採用している。平成19年「生活扶助基準に関する検討会」における検証では、年間収入に関しては「(貯蓄-借入金)/平均余命」を加えたようだが、今回の検証報告書には特段の記載はない。また、持ち家の帰属家賃の扱いに関しても明記されていない。
さて、今回の検証から採用された回帰分析に関する問題点は、高齢者の資産の取り扱い方が曖昧なことであろう。「全国消費実態調査」を見ると、高齢者は持ち家比率も高く、住宅ローンの負担も小さくなっている。そのため1ヶ月の平均消費支出を見ても、住居に関わる支出は現役世代よりも小さい。また、高齢者の方が貯蓄も多くなっている。特に貯蓄の位置付けが、高齢者と現役世代では異なっていることに注意すべきだろう。現役世代の貯蓄目的は、住宅取得、子供の教育費用や老後の備えであり、貯蓄が多いからといって毎月の生活費に充当してよい性格のものではない。しかし高齢者の貯蓄の場合、医療や介護に対する備えもあるが、冒頭に述べたように生活のため引き出して使うためのものである。実際「全国消費実態調査」の高齢単身者の家計収支を見ると、消費支出が可処分所得を上回っており、貯蓄などを取り崩している様子が伺われる。つまり現役世代の貯蓄は第1類費に必ずしも影響しないが、高齢者世帯では生活扶助相当支出を補充するためのものである。逆に言えば、ストックを持っている高齢者は、名目上の収入が少なくとも、ほぼ同等の収入の現役世代よりも消費支出は大きくなる。
したがって、高齢者に関しては金融資産や実物資産を所得サイドでも補正するのが妥当であろう。また今回の検証では、ネット資産や家賃地代支出を説明変数に含めている。問題なのは、ネット資産や住居に関わる支出は年齢と相関を持っていることが想定されるので、高齢者とストックに関する交差項も回帰式に含める方が適当なのではないかという点である。こうした場合の検証結果への影響は定かでないが、本来、交差項で吸収されるべき分が高齢者の年齢区分の回帰係数に表れているとすれば、高齢者の消費額が過大推計となっている可能性も否定できない。子育て世代にきびしく高齢者に甘めに出ているのは、検証方法のせいではないかという疑いを払拭できないのである。
検証方法以前の問題として、そもそも高齢者のストックをどう位置付けるのかという問題がある。比較的所得が低くても、公的年金のほかにも老後に備えて貯蓄している人も多い。この場合、消費の時間選好として、高齢期の消費を現役時代の消費よりも強く選好していることになる。消費の時間選好は個人の自由意志である。現役時代の生活を切り詰め老後に備えた人たちが、老後にゆとりのある暮らしをしているからといって、現役世代の消費を選好した人が羨む筋合いはないし、ましてや税金でかれらの所得を補填すべきではない。本来、消費の時間選好分は所得の再分配の対象から外すべきである。そうでなければモラル・ハザードを助長するだけだろう。極論すれば、年金を未納にして将来生活保護を受ける方が得だなどという風潮が蔓延すれば、年金制度も生活保護制度も成り立たなくなる。その意味では、生活保護の生活扶助費は子育て世代には水準均衡方式(注1)を適用するが、高齢者にはマーケットバスケット方式(注2)を適用することも一法かもしれない。
(2013年03月07日「研究員の眼」)
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