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50歳以上のシニア層を対象に、ライフスタイルに合わなくなったマイホームを借上げ、賃貸住宅として子育て世帯などに転貸する公的な仕組みがあるのをご存知だろうか。一般社団法人移住・住みかえ支援機構(JTI)が提供する「マイホーム借上げ制度」だ。マイホームを売却することなく住宅資産として活用することで老後資金確保を支援する仕組みで、空き室時も最低賃料が保証され、最長で終身まで借上げてもらうことができる。ただし、良質な住宅を借り手に提供するため、貸し手は事前に住宅の劣化状況と耐震性の診断を受け、問題がある場合は補強改修工事を行う必要がある。良質な住宅ストックを社会に循環させる、という制度の主旨からは当然のことだろう。ところで、ひとくちにシニア層といっても経済状況や健康状態、家族構成は実に多様であり、現役引退はまだまだ先だと考えるアクティブなシニア層なら、新しい生活の糧や生きがいを手に入れるために、この制度を利用するという手もあるだろう。
リタイア後、都会を離れた農山村に「楽園」を求めて移住するシニア層を取り上げるテレビ番組があるが、アクティブで人生経験豊かなシニア層の住み替えを地方の農業振興に結びつけることはできないだろうか。おりしも政府の産業競争力会議では、安倍首相が「農業を成長分野と位置づけて産業として伸ばしたい」と強調、「若い人たちに魅力的な分野にしていきたい」として、流通、IT(情報通信技術)など多様な業種との事業提携を政府が後押しする考えを示した1。このような追い風に乗じて、若い人だけでなく、アクティブなシニア層の住み替えを絡めた農業再生の仕組みを構築したいところだ。「マイホーム借上げ制度」を利用すれば、健康な期間だけ住み換え、将来、健康不安が高まるなどした場合に借上げを解除して元のマイホームに戻ることもできる。このような住み替えであれば、農業初心者が慣れない地域で就農することの敷居は低くなるだろう。また、受け入れ地域側の協力で、出稼ぎ的な就農期間や農業研修など一定の試行期間が提供されればなおいいだろう。もちろん、その地域が気に入れば、最終的にマイホームを売却して住み替えればよい。
就農地での新しい住まいは、ぜひ不動産会社から積極的に提案してもらいたい。たとえば、空き家となっている古民家を自由にリフォームしても面白いだろうし、安くて広い敷地を生かして都市部では絶対に実現できない贅沢な平屋を建ててもよいだろう。まとまったシニア層の就農や複数の家族ぐるみの移転を想定するならば、温泉や食堂、炊事場、ゲストルームなど充実した共用施設を持つコミュニティ型の低層住宅開発2も可能ではないか。アクティブなシニア層の住み替えと、それに伴う就農地にふさわしい新しい住宅の提供プロジェクトは、少子高齢化時代の不動産ビジネス・フロンティア3として検討に値すると思うのだが。今後、地方では不動産会社の参入が相次ぐメガソーラー4のほかにも、中小河川、農業用水路などを利用した小水力発電、地熱発電などの再生可能エネルギー事業での雇用機会拡大が期待できる。アクティブなシニア層の住み替えをキーワードに、地方の農業振興やエネルギー事業振興を、街づくりまで含めた不動産ビジネスと融合させる大きな絵を描けないだろうか。
農作業の機械化や省力化が進み、農業はかつてほどの重労働ではなくなっている。また、2009年の農地法改正で農地が借りやすくなったため、大消費地でもある首都圏各地で企業の農業参入が増えている。首都圏内での住み替えなら心のハードルが低いうえ、企業への再就職なら農業初心者も馴染みやすいと思われる。農業は生産性が低いといわれるが、年金を受給しているシニア層であればそれほどの高収入は必要なく、事業の投入コストは少なくてすむ。さらに、農村のセラピー効果に注目し、認知症予防に畑仕事を取り入れる特別養護老人ホームがあるように、日々体を動かして作物を育て、自然の厳しさと収穫の喜びを味わえる農業は、アクティブなシニア層に相応しい職場に思える5。定年退職後、マイホーム周辺で慣れないボランティア活動に携わるのもよいが、元気なうちは、自然環境の良い地域で仕事に就けるうえ、自身の健康維持にも地方の産業振興にも役立つ生活に魅力を感じるシニア層は案外多いのではないだろうか。
(2013年02月27日「研究員の眼」)
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