コラム
2012年06月29日

進化する新築マンションと買えない子育て世帯への視線

松村 徹

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3.11以降、新築マンションの進化が著しい。タワー型マンションが林立して地価も上昇する東京周辺エリアに来年完成予定の超高層マンションは、高価格にもかかわらず販売が好調だ。注目すべきは、液状化でライフラインが止まった湾岸地域での教訓を十分に活かした防災面でのさまざまな工夫である。たとえば、強固な地盤の上に大地震の揺れを制御する最新の建物構造を採用し、1世帯当たり飲料水・生活用水・トイレ用水をそれぞれ7~10日分備蓄するとともに、下水管損傷に備えた大型汚水層・簡易トイレ・非常用トイレを完備、非常用発電機はエレベータ・排水ポンプ・共用部の照明などに3日間電力を供給する。さらに避難マニュアルの整備、4日分の備蓄品の配布、建物内防災センターへの専門スタッフ常駐など、ハード・ソフトともに世界でも例を見ないような防災対策が取り入れられている。首都圏直下型地震の発生リスクが高まる中、今後、このような防災対策は、最新の省エネ・創エネ・蓄エネ技術の導入とともに、新たに建設される大型分譲マンションにおける標準装備になっていくと思われる。

一方、今年5月に公表されたOECD(経済協力開発機構)の「より良い暮らし指標(Better Life Index)」によれば、住居に関する日本の順位は36か国中25位と、1位となった安全、2位の教育や収入と比べて圧倒的に低い。これは、可処分所得に占める住居費の高さと住宅設備の問題(下水道や水洗式トイレの普及率など)が大きく影響しているようだ 。OECDの指標に採用されていない住宅寿命の短さや職住近接性(通勤時間の長さ)、住宅の広さ(OECDは一人当たり部屋数)などを考慮すれば、ますます日本に不利になると思われる。また、「住宅購入で理想の暮らしが実現できた」消費者は3割しかない、という最近の調査もある。いずれにしても、上記のような新築マンションで生活できる世帯は、大都市の一部の高所得層に過ぎないのが現実だ。特に、親から自立して真面目に働いても所得が少なく雇用も不安定なため、結婚や子育ての余裕すらない中、新築マンション購入など夢のまた夢でしかない若い世帯が私たちの周りにたくさんいることを忘れてはならない。

もちろん、以前に比べれば、中古マンションや賃貸住宅の市場流通量は増加しており、新築のマイホーム(持ち家)以外の住まいの選択肢はずいぶん増えた。また、新築分譲、中古売買、リフォーム、賃貸・賃借などの多様な住まいのニーズをひとつの窓口で対応する店舗のワンストップ化に取り組む不動産会社大手も現れた。とはいえ、住宅に関する国の優遇政策はまだまだ持ち家偏重で、賃貸居住に対しては非常に手薄である。いまや音楽や映像ソフトから自家用車まで、所有にこだわらず生活を楽しむ若い世代が増えているが、こと住宅だけは賃貸と分譲の品質格差が大き過ぎる。都心部で増加している良質な賃貸住宅は、単身世帯やDINKS向けが中心で子育てファミリー向けはほとんどなく、あっても家賃が高い。財政難で公営・公的賃貸住宅の供給が減少する中、高齢者向けにはケアサービス付き賃貸住宅供給を促進する制度が整備され、補助金もあって不動産会社が積極的に取り組んでいる。しかし、経済的余裕のない子育てファミリー世帯が民間の賃貸住宅を探しても、地主の節税対策で建てられた狭い上に安くもないアパートくらいしか選択肢がない。

借家から始まって最終的に庭付き一戸建ての持ち家で“上がり”になるという「住宅すごろく」を実践できた幸福な高度成長世代は、高齢者となっても政治や経済における影響力の大きさから年金や社会保障でさまざまな配慮を受ける反面、高齢者を支える若い世代が社会制度的に冷遇されているという指摘は少なくない。日本の人口構造の変化を「少子・高齢化」というが、一向に解消しない待機児童問題をみても、高齢化ばかりにスポットライトが当たり、少子化対策はおざなりになっていると思わざるをえない。低所得化で若年層の持ち家取得が難しくなっている今こそ、新築・持ち家支援偏重の住宅政策や高齢者重視の社会政策のバランスを見直し、特に、真面目に働く若い子育て世帯が安心して子育てができる、低家賃の「子育て世帯向け優良賃貸住宅」制度や家賃補助制度などを早急に整備すべきではないだろうか。


 

リクルート『家を買うことで理想の暮らしは手に入るのか?』住宅購入者調査、2012年5月31日


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(2012年06月29日「研究員の眼」)

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